杉田荘治
はじめに
わが国でも全国統一学力テストや地方教委による統一テストも、かなり実施されるようになり、
また、現職教員の免許更新制度も現実味を帯びてきた。 これらと連動して最近、公立学校
教員の勤務成績を給与や勤勉手当などに反映させること、いわゆるメリット・ペイ方式につい
の意見が強まってきている。 例えば、評定段階について「5段階評定では、どうしても[3]が
多くなる。 従って4段階にすべきである」などの意見である。
ところで、この問題について既に2年前の11月に第150編として載せたが、最近の動きや新し
い資料も参照し、またアメリカ(U.S.A.)の動きとも比較しながら、改めて論考することにする。
5段階評定
評定とその比率はは次ぎのとおりである。
A 約10% B 約20% C 約50% D 約15% E 約 5% |
説明 学校によっては、A, Bはこれより少し多くてもよい。 また、D, Eは、これより少なくてもよい。事前に教委と 協議すること。 そのさいCが増減することになる。 |
理由
○ Aは、校長、教頭のみならず、同僚教員もまず“特に優れた業績を挙げている”と認める
ような教員である。 Bは、それに近いと考えられる教員である。
○ Eは、同僚教員もそのように評定されてもやむをえない≠ニ認めるような教員である。
Dは、それに近いと考えられるような者である。
○ Cは、表区分のように半数以上の者である。 そのほうが学校として安定感もあり、不公
平感も少なく、また総合的なその学校の教育力からみても望ましい。
教育職の特殊性
○ 教員は国語、数学などの教科担任であるとともに、教務部、進路指導部などの一員でも
あり、また1年生などのクラス担任でもあり、その学年の担任団の一員でもある。 さらに
卓球部、合唱部など部活動の部顧問であることも多く、PTA、地域社会など校外活動にも
従事している。 このように、わが国の教員は学習指導を主としながらも多くの分掌で活動
しているが、比較的教員の独立性が強いアメリカなどと較べても大きく異なり、しかも長所
である。 これを減殺させるようなメリット・ペイでは逆効果といえよう。
○ Aと評定された教員は、それを誇りとし十分、満足する。 Bについても同様であろる。
D, Eと評定された者は多少の屈辱感を覚えながらも次ぎを期すように努力しよう。
○ Cについては前述のとおり、過度な競争意識や校長などの査定についての不満も少なく、
安定した気持ちで協力して日頃の教育活動に従事しよう。 A, BやD, Eの同僚もいるので
あるから従来のようにぬるま湯的な職務≠続ける惧れがあるなどの批判は当たらない
であろう。
○ アメリカでは生徒のテストの得点のみに、あるいはこれに大きく基礎を置くメリット・ペイが
多いが、それだけに失敗したり弊害も多いようである(後述する)。わが国では「その他」と
される要素を積極的に加味する必要があろう。
評定方法
a. 教頭を第一次評定者とする。 これを受けて校長が決定する。 その後、教委が校長と 協議の上、最終決定する。 |
b. 各教科主任、各部、学年主任の意見を聞くことが望ましい。 それは文書による方法 がよい。評定や評点は避けるものとする。 後述cのように全教員から意見書を提出さ せるときは、それによる。 |
c. できれば総ての教員から意見を文書によって聞くこととする。 その方法は次の通り。 「あなたは本校で特に優れた業績を挙げていると思われる教員があれば、その氏名 と理由を書いてください。 数名(学校の規模によって具体的な数)程度」。 「特に優れているといわないまでも、よくやっていると思われる教員があれば、その 氏名と理由を挙げてください。」 また場合によっては「もし、本校の教育に大きく(かなり)支障をきたしていると考えら れる教員があれば、その氏名と理由を書いてください」もありえよう。 註 これらは総て記名式とする。 また前述のように評定や評点ではなく文書によること。 また白紙であっても全員から提出させる方法がよい。 |
参考 この方法は後述する学校に対する特別報奨金を各部、各学年などへ配分するさい にも利用したほうがよいと考える。 |
その他 学校への特別報奨金
アメリカの場合は教員の給料とは別に学校に対して特別報奨金を予算化し、その配分方法
を生徒のテストの得点に結びつけた教員に対するメリット・ペイにすることが多い。 従って
自治体にとっては特別な財源が必要となったり、住民にとっては増税の問題ともなる。 ま
た、そのための基金も創られることがある。
わが国では、特別に予算化するのではなく、従来の給与、手当等の枠内でのメリット・ペイ
のように思われるが、できれば教育を向上させた学校に対して特別な奨励金を支給し、そ
れを各学年や分掌に交付することができれば効果的であろう。 また公的財源だけではなく
基金の容認についても検討される必要があろう。 国立大學法人については積極的に勧め
るが公立学校については認めないとするだけでは、少し硬すぎるように思われるし、時には
私立との格差も生じよう。
学習塾や予備校との関係も難しい問題であるが、その協力体制も可能であろう。 しかしそ
こには、「学校5日制」や予算的な措置が関係してくるので、教員の熱意だけに期待し、しか
もメリット・ペイだけで教員を追い込む≠アとは酷といわねばならない。 教育行政関係者
自身も責任をもって取り組むべきことがかなりあるように思われる。
アメリカのメリット・ペイ(Merit-Pay)
アメリカでも最近、公立学校教員の報酬などについて、メリットめペイは増えてきているよう
であるが、さて効果的なものとなると矢張り苦慮しているように思われる。 しかも前述したよ
うに、従来の給料の額を変更せず、それに新たな額(bonus, extra money)の配分をそのよ
うにするのであるから教員にとっては給料の上積みになるだけのことである。 しかし、地方
自治体にとっては追加予算が求められるし、住民にとっては増税の問題がある。 また教員
側でも評定についての不公平感が強いので、必ずしもこの制度が巧くいくとは限らないので
ある。
ところで、この問題についても既に第148編などで述べてきたが、最近(2006年6月)、Dallas
Morning Newがテキサス州の新しい方式について報道したり、連邦教育省も独自のプランを
立てているので、その他の資料も加えて、次ぎのような視点に立って、アメリカのメリット・ペ
イを要約することにする。
1 教員にとってはボーナスまたは余分の銭となり、地方や住民にとっては特別予算や増税 となる。 1 例えばFlorida州は今年、総額1億4,750万ドルを準備している。 これにより5%upの教員 も出てこよう。 2 Houston市では総額1億4,500万ドルを準備し、州と全米のテストの生徒の得点を基礎 にしたメリット・ペイを計画している。 これによって教員一人当たり最高、3,000ドルup の教員が現れよう。 しかも数年後には1万ドルにまで引き上げられる予定である。 3. Texas州は総額2億6,000万ドルを準備している。 すなわち、今年はまず100校につい て実施され、来年は主として低所得層の学校1,000校について実施される。 教員1人 あたりのボーナスは3,000ドル〜1万ドル。 そして2007-08年度には、すべての教員 に生徒のテストの得点に重点を置いたメリット・ペイが実施される。(この項、前述Dollas Morning News) しかし批判やその効果を疑問視する声も強い。 後述する。 4 Iowa州の場合 生徒の得点とリンクした給与体系にしようとしたが、それを支えるための財源を確保しな かったので実現しなかった。(第136編参照) |
2. 生徒のテストの得点(student test scores)を基礎にしたものと、その他のも(other
measures, extra, objective ways, much more)のをかなり加味するものとがある。 1.California州 テストの得点を基礎にした方式で教員1人、最高で25,000ドルのボーナスを 支給しようとしたが、財源の問題とともに得点をごまかす(cheating)惧れが強くなったので、結 局この計画を中止した。(前述Dollas Morning News) 2.後述デンバーは「その他」を積極的に利用している。 |
3. メリット・ペイの基準を教委と教員組合が共同して創るところがある。 この典型的なものはコロラド州デンバーの例である。 なおそれについては第136編を見て 欲しいが、その概要を下記しておこう。 すなわち、 ProCompという新教員給与体系のプロジェクトチームを創り作業を進めてきたか゛、そのチー ムは教員5名、教育行政官5名、市民2名で委員会を構成されている。1999年〜2003年まで の4年間、19の学校から教員が参加して給与体系をつくった。 教委はこの案を2004年2月19 日に可決し、教員組合は2004年3月19日に決議して承認した。 生徒の州標準テストの得点がかなり大きく基準とされるが、しかし教員自身の職能成長、すな わち上級の学位などを取ったとき、全米的に公認を得ている認定証を得たとき、また目標とす る講習を履修したことも加味されるので両者に信頼感がある。 なお2006年6月27日に改訂されたProCompの公式ページによれば、このプランに参加する 教員は現在1,200名であるが、彼らはそれぞれ学習改善プランを提出して承認を受けること になっている。 また職能成長とみなされる認定講習も全米学校カウンセリング協会や心理 学士協会、その他のブロフェショナ-ル・カウセラー協会からの認定も含められている。 そし て給料は2,997ドルまで昇給することが可能となる。 なお、スクールナースについても2006 -2007年度から適用されるとのことである。 |
4. 指導教員やマスター教員に特別ボーナスを支給するところがある。 これについてはミネソタ州の例があるが、第148編を参照してください。 州知事が提唱して、ミネアポリス市内の3校とWaseca教委とがプロジェクトチームを創り メリット・ペイ方式による給与制度を実験的に始めることになったものであるが、この実験の ために連邦政府からの基金800万ドルが充てられる。 他の同僚教員、特に新任教員を手助けする『指導教員』に年額5,000ドルを支給する。 また『マスター教員』に対して8,000ドル支給する。 彼らは教員の研修や評定を手助けし 生徒の学力テスト成績を分析し、更に毎日1時間または2時間授業を担当する教員である。 なおその他勤務成績も良く、生徒の学力を向上させた教員に2,500ドル〜3,000ドルのボーナ スを与える、しかもその2分の1は勤務成績を評価するとのことである。(この項、WCCO.Com 2004年9月14日号参照) |
5. 学校への特別報奨金 これについては第148編を参照してほしいが、一部を下記しよう。 ○ Kentucky州 向上したみなされる学校が基金から奨励金を受け取る。 その額は1994-95年度で教員一人 当たり2,000ドルであった。 査定資料としては統一学力テストが用いられ、5ポイント以下の学 校はゼロなど学校によって差がある。 ○ Maryland州 2-3年続けて優秀な成績を挙げた学校が報奨金を受け取る。 1297校のうち83校程度で 報奨金の額はそれぞれ64,600ドルである。 1年間だけ優秀な学校は208校程度である。 その使途は学校の任されるが、教員に対するボーナスとすることはできない。 ○ South Carolina州 良好な学校(約25%)は15,000〜20,000ドルの特別賞を受け取る。 その銭は学校の学習 指導プログラムのために使用するが、そのなかには教員に対するボーナスも含まれている。 その額は教員は1,000ドル、職員は400ドルである。 もっとも100点満点て゛75点までの学 校は満額であるが、74点〜60点はその額は75%になる。 |
6. 基金や財団を利用する。 ○ 前述のデンバーでもTeacher Compensation Fundが設けられている。 ○ Airknasa, Louisiana, Minnesota, Oklahama, South Carolina州などはMilken Family 財団 からの資金を利用している。(この項:全米政策分析センター、2005年10月7日版) ○ 連邦教育省も2006年、新たに1億ドルの教員特別報奨金基金:Teacher Incentive Fundを設 けて、指導困難校等で良い結果を挙げた教員に特別報奨金を支給する。 ・これにはチャーター・スクールも含まれる。 ・少なくとも地方教委には1つのNPOが含ま ていること。 それも支給対象になる。 ・受給期間は最長60ヶ月 ・指導困難校のほか 数学、理科、外国語、その他主要科目の教員も対象とする。 ・評定はテストの得点のほか リーダーシップなども含まれる。 この基金は労働省、保健関係サービス当局その他、政府関係機関からの協力も受ける。 (この項: 連邦教育省公式ページから) |
7. 連邦政府のプラン 上記6に記載したものの他、連邦政府は次の計画を実施する。 ○ 優秀教育者基金: Educator Excellence Fund ・基金1億ドル ・2006-07年度にスタートする。 ・低所得層の学校で州が定める領域 で1つ以上、高い成績を上げた学校の教員に支給する。 ・その額 3000ドル〜1万ドル なお、この他に地方特別報奨金として1億6,000万ドルを設け、学校やグループに対して報奨金 を支給する。 そのなかには教員や校長に対する分も含まれる。(資料: 同上) |
参考 アメリカの2007年度教育予算など
○ Discretionary (教育省の裁量のきく予算) 576億ドル
Mandatory (政府から委託された予算で裁量がきかない) 313億ドル
○ 全米の教育委員会数 14,600
○ 公立学校 9万4,000校 私立学校 2万7,000校
○ 公立学校生徒数 5,400万人
○ その他 教育省の予算として1,000ドルを中等教育以後の教育のために。補助金や
貸付金として交付しているとのこと。 また、教育は本来、州と地方の責任において
実施されるものと説明している。 (同省の公式ページから。なお第165編参照のこと)
メリット・ペイについての批判
今まで見てきたように、アメリカでは給料の額は変更せず、それにボーナス、余分の銭と
して上積みするものについてメリット・ペイ方式を適用することが多い。 それでいて、その
効果を疑問視したりなど批判も強い。 それは何故か。 次のように要約されよう。
○ 生徒のテストの得点に基礎をおくものが多いが、そのため「テスト、テストと駆りたて
られる」ようになる。
○ テストのごまかし≠ェ多くなる。 得点をごまかしたり、成績の悪い生徒を予め、テ
ストに参加させないなどである。 ある地方教委の調査によっても5%ぐらいあった。
○ 例えば3年生の成績は良くても、その生徒を2年時、1年時に担当した教員は、どの
ように評価されるのか。 不公平であろう。
○ テストの成績に集中するあまり、学校全体で取り組むべき生徒指導などを軽視するよ
うになる。
○ 「その他」の教員の業績を評価したいが、それは難しいし不公平にもなる。
○ 同僚教員との関係も悪化する。(adversarial relationship) また過度な緊張感が生ま
れる。
○ 政治的、組織的に利用される惧れもあろう。
○ そのような財源は他の面で活用するほうが教育的にはよい。
おわりに
わが国では標準テストのみならず、複数のテストの結果を利用すること。 また「その他」と
されることを重視すること。従って本文で述べたように各部、各学年主任の意見を聞くととも
に、全教員の意見を聞くことが望ましい。 教員組合の圧力も予想されるが、本文で例示し
た方法などを活用すれば、良識ある教員の意見を集約することができよう。 また評定区分
やその比率についても前述のように考えている。
なお、学校への特別報奨金や英語検定、カウンセリング、IT関連の認定など広く、教員の
職能成長を図る要素についても併せて施策される必要があろう。
なお、現職教員の免許更新制とともに、この問題についてもOB教員・校長や職能団体等か
らの意見が極めて少ないが、期待したい。
2006年8月22日記
追記 第200編で評定区分と割合などを多少変更したので、それも参照してください。
付記 平成24年(2012年)1月
大阪府の教育基本条例(案)に関連して、メリット・ペイについても再考した。第257編を見てください。
257 メリット・ペイ(Merit
pay)-教員の勤務成績反映の給与制度