杉田荘治
はじめに
アメリカでは公立学校教員の40%以上の者が、ここ5年以内に辞める。
このことについて最近(2005年8月),New York Timesが報じているので先ず、その要旨
を述べ、その後、その原典である全米情報センターの発表分について記すことにする。
T New York Times(8/17/2005)号から
約40%の公立学校教員が、ここ5年のうちに辞めるように計画している。 これは1990年
以降で最も高い退職率になる。 しかも高校教員についていえば、その率は50%以上に
なるが、「彼らは2010年までには辞めていくことになろう」と全米教育情報センターが発表
した。 例えばミシシッピ-州のある中等学校の59才の教員P.Jeppeさんは「私は35年間
教えてきましたが、ここ1〜2年のうちに退職し、孫と一緒に暮らしたい」といっている。
また教員の年齢構成も高齢化する。 すなわち、50才以上の者は1996年には24%であっ
たが、2005年には42%になっている。これと同じように25年以上の教職経験のある者も、
ここ15年間で2倍以上に増え、その率は12%から27%になっている。 これは彼らの多くが
30才台、40才台で教職に就いたからである。
しかしこのことは巨大な新規採用のチャンスともいえよう。 とくに各教委は教育系の大學
のみならず広く他の領域から、数学、理科の教員を採用しようと活発に動いている。
ただ問題は現在、教職にある人たちの多くが教職を“生涯の仕事”と考えていないことで
ある。 今、公立学校教員の3分の1は39才以下の人であるが、30年以上も教職を続けた
いと考えている人は少ない。 例えばニューヨーク市の公立学校で世界史を教え、カリキュ
ラムを創り、移民の生徒の英語が上達するように手助けしている有能な中年の教員である
M. Sheppardさんは「私は3年後には確実に辞める。その先のことは決めてはいないが、教
える仕事でないことは確実である」と言っている。
このように概して言えば、83%以上の者は自分たちの教職に満足している統計はあるが、
その一方で、給料の安いこと、学校の管理機構、他の職との連携不足などの理由で不満
も懐いている。
U 全米教育情報センター発表分から
2005年8月18日 発表
ハイライト
1. アメリカの公立学校教員の82%は女子である。
1986年には69%であったが、1990年には71%、1996年には74%になり、2005年には前述
のように82%までに増えてきている。
2. 50才以上の教員も増えている。
1996年には24%であったが、2005年には42%になっている。 これと同時に25年以上の
教職経験者も増えている。 すなわち、1990年には12%であったが、2005年には27%に
なっている。
3. 白人教員は少し減ってきている。
すなわち、1986年には91%であったが、1996年には89%、 2005年には85%となった。
その分、ヒスパニック系の教員が増えてきている。
4. 教員の多くは標準テストの成績によって、自分たちの能力を査定されることには強く反対
している。 すなわち、2%の者しか、これに賛成していない。 しかし何らかのメリット・ペイ
方式の必要性は認めている(42%)が、それは自分が受けた教育レベルに基づくものである
こととし、また教職経験をベースにすることを希望している。 このように伝統的な手法によっ
て査定されることを望んでいるのである。
【註】メリット・ペイについては第150編を参照してください。 そこには「アメリカでも効果的な
教員給料メリット・ペイ方式には苦慮している。
148. アメリカでは首長によってメリット・ペイが広がってきている」などと述べてある。
5. 給料
全米的には、年間給料が65,000ドル以上の教員は10%に過ぎない。 大部分の者は30,000
ドル〜55,000ドルである。 なかには30,000ドル以下の者は7%もいる。
【註】教員給料については第164編を参照して下さい。 そこには次ぎのようなことが述べて
ある。 すなわち、全米での平均給料(年額) 45,771ドル これは前年比では3,3%のアップで゜
ある。California州は最高で平均年額は55,693ドル、 またSouth Dakota州は最低で32,414ドル。
しかし、California州でも地方教委によっては、もっと高額のところもあろうし、一方South Dakota州
でも、もっと低額の地方教委もあろうから、全米的にみれば給料の差は大変大きい。
6. 免許取得の方法
大部分の者(70%)は大學での履修であるが、その後の現職教員研修による者は24%ある。
7. その他、彼らの多くは教職経験が最も重要な要素であると考えていること、概していえば教
職に満足しているが、しかし多くの者は5年以内に辞めること、それが高校教員について高い
率であることなど、前述のNew York Timesの要旨と同じである。
【註】 この全米教育情報センター: The National Center for Education Informationの調査
は2005年3月23日に実施、無作為によって抽出され、1,028名の公立学校教員の回答
結果である。 なおこのセンターは1979年に設立されて私的、中立的な研究機構で本部
はWashingto,D.C.にある。
V 関連事項 −教員不足とサラリー
New York Timesはこれに関連して、教員の不足とサラリーについて、この7月31日号で論説
しているので、その要旨も述べておこう。 すなわち、
1. アメリカではここ5年間に公立学校教員が新たに50万人採用された。 しかも生徒増や高年
齢者の退職などのために、今後5年間で、さらに50万人、必要となろう。
退職する教員たちは、市民権運動やベトナム戦争時に教育をうけたので、教職について情熱
や動機をしっかり持っていたが、それが若い世代の教職志望者には薄らいできている。 ひと
つの問題点である。
2. 女子教員が主流で、その率は75%にもなる。 しかも優秀な女子教員は他の職を探している。
メリーランド大學の調査によれば、1964年には21%の優秀な女子学生が教職に就いたが、
2000年には11%になっている。 高いサラリーを求めているためであるが、公立学校教員の平
均年間サラリーは46,752ドルと余り魅力的でないからである。
3. 大學の新入生についての調査でも、1968年には26%の者が希望していたが、今では10%と
なっている。 しかも教職を志望する学生の成績が悪いことも問題である。 例えば2004年度
のSATテストの平均点は1,026点であったが、彼らの平均点は965点であったし、また大學で
の成績も下位から1/4のなかに多く含まれている。
【註】 SATについては第152編を参照してください。その一部を下記しておこう。
SATTテストとはアメリカ大學委員会が実施するテストであるが正式にはStanford
Assessment Test Tのことである。正確にはSAT
Reasoning Testと呼ばれる。
すなわち、Verbal(ことばの、語の)という分野と数学についての基礎的な表現力、理解力、
論理的思考力を問うテストである。 Verbalについては英語、アメリカにあっては国語と
訳されているが、内容的には人文科学、社会学、自然科学、人間関係学なども含めて広範
で基礎的なものである。
SATUテストとは正しくはSubject Testといわれる。専門教科の能力を問うテストで各
大学はその一つ以上を受けてくることを義務づけている。
4. マイノリティの教員が依然として少ない。 白人教員は84%、黒人教員は8%、ヒスパニック
6%、アジア系1.6%である。 しかし生徒についてみれば40%がマイノリティである。
5. 喜ばしいこと
最近、学士号取得後や他の職域でキァリイアとして働いている中年の人のなかに、教職に興味
を懐く者がかなりいることである。現にこの2年間で7万人の人が採用された。 このために殆ど
の州は新たに122ヶの科目を創って、これに対応している。 今後ともこれらの人は数学、理科、
外国語、特殊教育の分野で活躍することが期待されるが、そのためには新たな給与体系が必
要となろう。 全米情報センターもこのことを強調している。
【註】この事項についても第150編を参照してください。
コメント
団塊の世代の教員が多く退職することによる教員不足については、わが国の場合も同様であ
るが、それ以外にアメリカでは給料の低いこと、それに関連して教職志望者の学生の成績が
悪いことなどがある。その解決策は容易ではなかろう。
2005. 9. 19記