杉田荘治
はじめに
アメリカでは最近、大きな総合高校を廃して、これを小さな高校に再編成する流れになって
きている。 ところでアメリカでは70%以上の公立高校がその生徒数は1,000名以上であり、
しかも50%は1,500名以上の高校で、なかには4,000名〜5,000名いる高校もある。
大規模な高校では落第率は高く、いろいろな問題行動を起こす生徒も多いので、このよう
な流れになったのであるが、ここでは全米の公立高校の落第率、新教育改革法がこの再
編成を加速させていること、及びビル・ゲイト財団などが主導してこの動きを促進しているこ
とをAmerican 教育委員会ジャーナルなど(巻末記載)からまとめておこう。
T 高校における落第率
全米教育センター資料によれば全米の公立高校での卒業率は85.7%である。 すなわち、
その落第率は14.3%ということになる。 しかし他の調査によればもっと高く、2003年度には
その落第率は30%といわれる(Manhantan 政策研究所調査など)。
なぜこんなに数字が異なるのかは、勿論その調査の方法が異なるためであるが、高校卒業
資格検定試験:GED(General Education Development Testing Service)分を含めたり、転校
以前の落第をカウントしなかったり、12年生だけの分に限ったり、牢獄に入っている生徒を含
めなかったりするためであるが、多くの論説は3分の1または30%の落第率としている。
しかもマイノリティ生徒は他と較べて悪い。 ハーバード大學関係研究所によれば約50%の黒
人、ヒスパニック、現住アメリカ人生徒は高校卒業証明書を手にしていない。 とくに大規模校
では2004年6月時点の調査では高校最上級生は入学時の40%になってしまっている。 しかも
アフリカ系ではその半分になっているところもあり、ヒスパニックは5人に二人であった。
【参考】落第率一覧について連邦教育省発表の最近のものはないが、1997-98年度についは
その州別一覧がある。 それによると11州は報告していないので当然に記載されておらず
従って全米平均も空欄である。 高校卒免許を受けた生徒の率で最高はWisconsin州の
89.8%、最低はGeorgia州の62.1%であった。 なおこの他に高校資格検定試験などで同等
の資格を得た者は各州で7%〜0%あることも参考になろう。 NCES
資料
U 新教育改革法が高校再編成を加速させている
例えばオレゴン州ポートランド市では二つの大きな高校を六つの小さな高校にこの秋から
分割した。それはRoosvelt高校とJefferson高校であるが、ここ4年間、成績が悪いために新
教育改革法によって『改善を要する学校』に指定され、州の直接管理になるか、それともチャー
タースクールに転換するか、またスタッフの総入れ替えを認めるかの選択を迫られたからである。
また近くMarshall高校もそのような状態になるが、これらの学校から既に、他校へ転校した生徒
も出てきているが、その2校から600名の生徒が公費でもって転校していったし、さらに317名の
者がそれを申し出ている状態である。 実はオレゴン州は今までにも100万ドルを使って前述の
高校を支援してきたが効果がなかった。 Jefferson高校の場合は生徒一人当たりの費用は
7,738ドルで、これは他の普通の高校と較べて2倍以上の額になる。
したがって今回、分割して再編成するのであるが、図書館とキァフテリァは共有されるし、スポーツ
クラブもRoosvelt高校の名で運営され試合に出場することになる。 また分割にさいしては人種
や家庭の経済的事情、英語に不自由な生徒の割合などが考慮されている。
なお教員組合も他の地方の状況を調査していたが、この分割案に賛成した。
V ビル・ゲイト財団などの主導的役割
ビル・ゲイト財団が積極的に大規模な高校改革に取り組んでいることが、最近の大きな特徴で
ある。 “小さいことは良いことだ”という理念で、これまでに他の私的寄付、連邦、地方からの
資金とを併せて、約1,500校の新しい学校を創った。 そしてより生徒の個性が尊重されるような
教育環境にするためのガイドラインを示している。
総合高校か小さな高校か
かなり前には何千人も生徒がいる総合高校が良いという説が強かった。多くの生徒がひとつの
場所へ行き、良いコースを選び友達と助け合って学習し、豊富な施設や設備、資源を有効に
活用し、課外活動も楽しむことができる、それは生徒の特権であるという考えかたであった。
しかし現実にはそうはいかなかった。落第率は増える。 第一、生徒自身がお互いによく知ら
ない、先生も知らない、助け合いもないなど個性も少ない、いわゆる匿名のような学校になった
のである。低い学業成績、暴力行為も多くなる。ことにマイノリティや貧しい家庭の生徒の多い
ところではその傾向が顕著になってきた。それでいて一部の総合高校は伝統というノスティア
ジィアにしがみついている。
小さい高校の長所と短所
○ 生徒は大きな学校の生徒と較べて、より満足している。より進んで勉強し、学校の諸活動
に参加する。 振る舞いも良く落第も少ない。 そこでは生徒はもはや“異邦人”ではなく、
お互いによく知り世話をされる。学校文化も醸成されよう。 適切なカリキュラムを創ることも
容易になる。
○ 調査によれば、900人程度の高校が適正規模で、教育環境としては良く、生徒が成功する
率が高いといわれる。 とくにそこでは教員が生徒をよく知り、自分たちの責任を自覚し生徒
を教育するのに熱心である。
○ ただ生徒一人当たりの費用が高くなる。 とくに大規模校からの転入生を受け入れている
学校ではそうである。 また余りにも小さい高校では適当な教育施設や設備に欠けるし、生
徒に必要なグループ活動に支障が出る。 そこで次に述べるような"Schools
in School"、
すなわち「学校のなかの学校」という方式が広まってきている。
学校のなかの学校: Schools in School
前述のポートランド市の例がそうであるが、San Diegoでもゲイト財団の協力を得て200年の
歴史をもつ大きな高校であるCranford高校とKearny高校とを分割して小さな独立した学校を
開設した。 すなわち国際コース高校、ビジネス高校、科学・技術高校、メディア・視聴覚・芸
術高校などであるが、しかしスポーツクラブは共通である。 またマスコットやスクールカラー
は統一されているので「スクールの中のスクール」といえよう。 教員組合も教員が主導し、
意欲的に教育ができるとして賛成している。
Minneapolisでも同じような動きになっている。 この教委管内には43,000名の生徒がいるが、
そのうち高校生は12,000人。 この卒業率を80%までに引き上げたいとして、McKight財団
や連邦教育省からの資金援助も受けて、2002年度に高校のなかに合計して32ヶの学習コ
ミュニティを開設した。 それぞれ小さな高校ともいえよう。
【参考資料】 American School Board Journal (November 2004)、 Eutopia 2004. 11月号
連邦教育省2004年11月発表分、 Education Politics
2004.11.7号
コメント
わが国では1,000名以上の生徒を擁する公立総合高校は少なく適正規模の学校が多いので、
このような問題は少ないが、アメリカの現在の動きについて理解を深めることができよう。
また「学校のなかの学校」構想については、わが国でも参考になるように思われる。 というの
は現状では学校全体、一律的にとの考えが少し強過ぎるように思われるので、例えば一つの
学校のなかに“松下村塾”的な小さな学校もあっても良いのではないかと考えるからである。
2004. 12. 6記