14. 学校における服装検査 [アメリカの例 2]

-- New Jersey v. T.L.O.事件-- English version is here
  杉田 荘治

はじめに

   アメリカの学校における、生徒の服装検査について、その基準となる判例は一つしかない。
   それは、1985年連邦最高裁のNew Jersey v. T.L.O.判決である。その後、当然のことであ
   るが多くの判例は、それを基準とし、また弁護士の数がわが国の 20倍ともいわれる訴訟社
   会の アメリカにあっては、必然的に学校当局や教育関係者の基準ともなっている。
   今後、わが国においても服装〔持ち物〕検査は増えるであろうと懸念されるが、その際、 参考
   になると考えたので、その全文[New Jersey v.T,L,O,,469 U.S.325]を入手し、 その要点を
   述べる。その後、若干の関連判例や問題点や資料を付記する。

 New Jersey v.T.L.O. the U.S.連邦最高裁判決(1985. 1. 15)

1.事実

   1980年3月7日、ニュージャージー州のある高校の便所で、二名の女子生徒が喫煙して
   いるのを 発見された。そのうちの一人が T.L.O.で、彼女は一年生であった。便所で喫煙
   することは校則違反で あったので、先生は二人を校長室へ連れていき、そこで副校長の
   C先生が取り調べに当たった。 一人は、すぐ「自分は校則に違反していた。」と認めたが、
   T.L.O.は「自分は今までも便所で喫煙したことはないし、今も全く喫っていなかった 」と言い
   張った。

   そこで、C先生は、自分の部屋へ連れていって「財布の中を見せるように」といいそれを開い
   たところ、 一包みの紙巻きタバコが見つかった。 さらに調べていくと、一箱の紙巻きタバコ
   の容器が見つかった。 彼の経験から判断すると、紙巻きタバコを持っているような生徒は、
   マリファナを持っていることが 多いので、麻薬を使用しているかもしれないと疑い、徹底的
   に財布の中を調べることにした。すると、 少量のマリファナとパイプ(pipe)、空になったプラス
   チックの容器、1ドル紙幣で包れた相当のお金、T.L.Oに借金し ている者のリストカード、そ
   して、Tがマリファナ売人であることを示唆するような二通の手紙が出てきた。

   そこで、C先生は、彼女の母親と警察に通告し、麻薬売買の証拠を警察に手渡した。
   その後、警察の求めに応じて、母親は、Tを警察本部へ連れていき、そこで生徒は「学校でマ
   リファナを 売っていた」と自白した。そこで、その自白と証拠とにもとづいて、年少者犯罪とし
   て告発された。

2. 告発後

   しかし、彼女は「学校での、C先生による服装・持ち物検査は法律にもとづかない違法のもの
   で、それによって自分の事態が悪くさせられた」と主張し、それらの証拠は発表し適用するこ
   とを差し控えるべきであったと、反論した。

   しかし、年少者裁判所は、それを否定し、「正式な令状を必要とする、と定めた連邦憲法修正
   第4条は、学校教職員による服装検査にも適用される 」としながらも、「学校教職員は、犯罪に
   ついて正当な理由のある疑いがある場合は、生徒指導上、学校の規則を実効的なものにす
   るため、 生徒の服装検査を実施することができる」と判断した。そして、今回の検査は、その
   [正当な理由のある疑い]があったとして、これを正当とし、1982年 1月 8日、Tを一年間の保
   護観察処分にした。

   しかしながら、彼女は、これを不服として控訴し、その結果、ニュージャージ州最高裁は、その
   不服を認めて、それまでの処分を破棄して、「正式の令状なしに、財布を開かせて得た証拠は、
   これを証拠として採用することを禁止する」と判断した。すなわち、「学校教職員にも、捜査令状
   を必要とする連邦憲法修正第4条は適用される」 とし、「かき回して探した証拠」は、始めから
   憲法違反であるから、刑事事件の手続き上、証拠として認めることはできない、としたのである。

3. 連邦最高裁としての結論

   当裁判所は次のように判決する。 すなわち、
  a. 学校教職員は、生徒を教育するに際しては“親がわり”:in loco parentisであるから、
   生徒指導上の問題については、州の教育的利益を代表する立場にある。したがって、服装
   検査について、連邦憲法修正第4条を、そのまま適用する必要はない

  b. 学校教職員に、正式の捜査[捜索]令状を必要とさせることは、かえって迅速、かつ非公式
   な生徒指導上の措置を妨げ、過度に教育に干渉することになる。 実際に考えねばならない
   ことは、生徒自身のプライバシィ保護と良い学習環境を保持する使命とのバランスである。
   したがって学校教職員による服装検査は、厳格な令状手続きよりは、すこし緩めて考えるこ
   とが妥当である。正式な令状がなくても、生徒に非合法の疑いがあるレベルであればよい。


   [合理的なな理由のある疑い]とは,次の二つの要件を充たすことある。
  a. 最初に、その服装検査を必要とするような、個々の生徒の校則違反行為、または違法行為
   の疑いがあること。
  b. 次に、その時の学校の状況からして、どんな服装検査を実施するかは、その目的に適った
   ものであること。また、ひどい方法であってはならず、 生徒の年齢、性別、違反行為の程度、
   種類に照らして妥当なものでなければならない。

   前述の結論を少し補足していうと、Tは[自分が否定したにもかかわらず、 C先生がさらに取り
   調べたのは行き過ぎであった。]といっているが説得力の ある主張ではない。あのような状況
   下での一包みの紙巻タバコは、Tがマリファナを 持っているかもしれない、と[疑わせる合理的
   な理由]があった。 その疑いは、財布の中からパイプ(pipe)、マリファナを入れておくのによく
   使われ るプラスチックの容器、少量のマリファナ、相当のお金などが発見されて、これを 裏付
   けている。このような状況下では、ファスナーを取り外して財布の中身を調べることは 不合理
   とはいえない。その結果、彼女に借金している者のリスト、二通の手紙が発見されたが それは、
   検査の当然の過程で生じたものである。

   したがって簡潔にいえば、この服装検査は、いかなる点から見ても不合理なものではなく、ニュ
   ージァージ州最高裁の判断は間違っている。よって当裁判所は、それを破棄し上述のように判
   決する。

 付記 二人の裁判官(P.& O')は多数説に賛成したが、少し異なった少数意見を述べ、他の二人の
   裁判官(B.& M.)は多数説に一部賛成、一部反対した。

4. その後の下級審判決

   この連邦最高裁判決によって、学校教職員には、正式な捜査・捜索令状がなくても 生徒の服装・
   持ち物検査は[合理的なな理由のある疑い]があれば実施することが出来ることが明らかになった。
   その後の下級審の判例については、後日、別項で述べることができると考えるが、今ここではケー
   ス毎に若干、触れておこう。

a. 生徒用ロッカーの検査
ロッカーは生徒自身が管理するとともに、学校の管理下にも置かれる。 1991年のS.C.v.State事件
では、学校当局は[生徒のプライバシーは制限される。]と予告していた。
b. 生徒用の車や自転車の検査
1990年の In State v.Slattery 事件では、パーキングに駐車した車の中で、 生徒がマリファナを売
買していて、[正当な理由の疑い]のある検査とされた。
c. 本入れ・財布・ポケットの検査
両手で、生徒の服をタッチする検査は、高いレベルの[正当な理由の疑い] が求められる。また一
般的には、「ポケットを空にするように」と求めて、その 結果、なにも発見されなかった場合は、そこ
で検査を中止すべきである。
d. 下着を下げさせる検査
今すぐ、起こりうる危険性がある場合など、極めて例外的である。 しかし前項でも述べたように、
1992年のアラバマ州の例もある。
e. 尿検査
意見が分かれている。しかし麻薬防止の観点から、近年、より正当化 される傾向がみられる。
f. 臭いを嗅ぐ検査
犬を使ってクンクンと、臭いを嗅ぐ検査も極めて例外的といえよう。 しかし、生徒の身体全体を嗅ぐ
場合と、ロッカーや生徒の車を嗅ぐ場合と では、人権侵害の程度は自ずから異なる。
g. X線による検査
これも例外的なものであるが、校内へ武器持ちこみとも関連して、 今後の課題とされる。

   以上を総括していえば、学校の器物、生徒用ロッカーは、生徒のプライバシィ 侵害の程度は比較
   的低いが、下着を下げさせる検査などへと進むにしたがって、 その侵害の程度は高くなるので、
   [正当な理由のある疑い]のレベルも高くなる。

5. 参考資料

A. サウス・カロライナ州規程[関係部分]
第2項 学校教職員は、[正当な理由の疑い]がある場合には、ロッカー、 机、車、財布、本入れ、
手提カバンを調べることができる。
第3項 校長または、その委任を受けた職員は、校内に入ってくる者につい て、服装、持ち物検
査を実施することができる。
第4項 下着を脱がせる検査は許されない。
第5項 [正当な理由のある疑い]とは、1985年の New Jersey v.T.L.O. 連邦最高裁判決の基準
による。 また学校管理職は、検査の手順を含めて現職教 育を受けなければならない。
[注] わが国においても、このようなガイドラインが作成され、しかも 予め、生徒や親に広く告知し
ておく必要があろう。
B. わが国の状態

コメント
    有名なNEW JERSEY v. T.L.O 判決について概観した。 原告はNew Jersey州政府、被告
   はT.L.O.という高校1年の女子生徒であるが秘匿名になっている。 原告が州政府になったのは、
   今まで述べてきたように、この事件は州の最高裁で生徒側有利の判決となり違法とされたので、
   これを不服として州政府から憲法問題として連邦の最高裁で直接審理されるように求めた。 
   そこで、事件移送命令(Certiorariという)が出され、直接審理されたのである。 この点も参考
   にしてほしい。

 1998年10月記          無断転載禁止