149. アメリカでは新教育改革法(NCLB)は修正
   されていくであろう


杉田荘治


はじめに
   ブッシュ大統領は再選された。しかし新教育改革法: NCLB Actの適用は修正されていく
   ことになろう。 このことについて世論調査の結果やASCDの記事、また筆者のこれまでの
   論考も加えて、いままでの経過も復習しながら要約することにする。

T 国民世論調査

   NCLB法は国民によく知られるようになってきたが、知れば知るほど
   支持しない者が増えてきている。
  ○ 新教育改革法のことはよく知っている.........75% (2003年度 56%)

     しかしこれを支持する...............................36% (2003年度 40%)
            支持しない............................28% (2003年度  8%)
            その他

 ○ 連邦の財源が不充分である..........................................57%
 ○ 厳しいテストと低学力校に対する罰が.適当でない..........58%
 ○ 特に「不自由な」生徒や英語に不自由な生徒について、
   普通の生徒と同じ基準で計っていることに反対................58%
 ○ 教員給料を増やす必要あり...........................................87%
 ○ クラス定員を減らす必要あり..........................................82%

  

 Public Education
 Network & Education
 Week調査
 (ASCD 2004年10月号 )

 1.050名の解答


 Civil Society研究所
 の調査でもほぼ同様
 の結果が出ている。




  
U 州教育長からの要望
   14州の教育長たちがPaige連邦教育相に書簡を送って、法の運用について、もっと弾力的
   な措置を求めた。また21の州議会が今後、新教育改革法関係について州の財源を使わない
   ことを決めた。(Minesota, New Hampshire, Utah, Vermont etc.)
   また現行のままであれば新法の適用を考えないとするところも現れている。(Arizona, Hawaii,
   New Mexico, Wyoming etc.)

  ユタ州
   とりわけUtah州はこれ以上、NCLB法には関係しないという法案までつくっている。(ユタ州議
   会法案 第43号)。 またSalt Lake Tribune 2004年11月9日号によれば、ユタ州はNCLBに
   挑戦すると題して、連邦の同意いかんにかかわらず州独自の学力標準テストで各学校の向
   上をはかる、また貧しい地区などに与えられるTitleT資金についても活用して失敗校を少なく
   しているし(1校のみ)、連邦が目指す目標についても、ユタ州は高校卒までにやれる自信があ
   る。 そして何よりも教育は州が責任をもって行なうべきことで、ワシントンの官僚機構によって
   コントロールされるものではない、としている。 参考までにその議会法案 第43号の原文(趣意)
   を下記しておこう。
    H.B. 43: Utah House Bill 43   NO CHILD LEFT BEHIND OPT OUT
    2004 GENERAL SESSION STATE OF UTAH Sponsor: Margaret Dayton
      LONG TITLE General Description:
    This bill modifies the State System of Public Education by prohibiting any further
    participation in the No Child Left Behind Act of 2001.
      Highlighted Provisions:
    This bill: prohibits the State Board of Education from further participation in
    the No Child Left Behind Act of 2001; and prohibits local school districts from
    further participation in the No Child Left Behind Act of 2001.


  ヴァージニア州
   この州も同じような状態にある。 すなわち、今年(2004年)1月、州議会は第337号法案を
   創ったが、その内容は「NCLB法に拠るのではなく、州独自の方法で教育をおこなっていく」、
   「既にわが州のSOLテストで3年生と8年生、また高校生に対して、英語、歴史、数学、理科の
   テストを実施し効果を挙げている」と説明していた。 しかし最近になって(11月10日)、やはり
   この法案を成立させないほうが賢明であろうとして委員会でこれを廃案にした(11: 6)。
   というのは連邦からの復讐を恐れ、連邦からの資金2,800万ドルが凍結されることの懸念が
   その理由である。 しかし依然として、その理由の他に「改善を要する学校」に対する罰が適
   当でないこと、特に「不自由な生徒」や英語に不自由な生徒に対する標準テストの不満が強い。
   【この項: Washington Post 11/11/2004号】

V 新教育改革法の成立から今まで
  成立
    2001年、アメリカ(U.S.A.)新政権の最重要政策である教育改革について、その包括的
   法案を
上院は、91: 8 で、6月14日に、下院は、354: 45で、5月23日に可決した。従って
   超党派的である。
この教育改革法案: The No Child Left Behind は、2002. 1. 8 Bush 大統
   領が署名して成立した。

  めざす目標
   ○ 全ての公立学校の3年生から8年生(中2)の生徒が、毎年、英語(Reading) と
     数学のテストを実施
すること。各州が実施するさいは事前に連邦教育省と協議
     すること

   ○ 州の標準テストで向上したことを% で示すこと。 そして12年後、すなわち2013-
     14年には、総て
の学校で総ての生徒が数学とリーディングで『良』レベル: proficient
     に達すること。
 
  ○ 学校全体、教委内全体でもそうでなければならないが、その内訳としての小グ
     ループでもそうであること。すなわち、人種、貧しいなどの経済的背景、英語が不
     自由なグループ、身体的不自
由な生徒などの小グ‐プの結果も公表するものとする。
   ○ その年次毎の内容は、基礎である(basic)、良好である(proficient)、上級である
     (advanced)として
卒業(進級)の%、教員の資質・資格、テストを受けなかった生徒の%、
     『改善を要する』学校の確認
である。


   ○ [低学力]の公立学校へは、連邦補助金で支援する。 しかし、2年続けて成績不振
     な学校では、
生徒が他の公立学校へ転校することを認める。 さらにもう1年、[成績
     不振]の公立学校、つまり3年そのような状態がつづいた学校へは連邦補
助金を打ち
     切る。そしてチャーター・スクールにすか、州が強制的にその学校を引き継ぐか、或い
     教員を入れ替えて再出発させる

   ○ 高校生については在学中、一回。

  問題点
   上記の世論調査や州教育長の要望などからわかるように、連邦政府からの財源不足が最も
   大きい問題である。 また厳し過ぎるテスト、ことに貧しい生徒、身体不自由な生徒などに対し
   ても普通の生徒と同じようなテストを課し評定することについての不満、また二つ以上の教科
   を担当する教員について、その指導力を問う基準についても問題にしている。

   すなわち新教育改革法:NCLBは、2005-06年度の初めまでに、総ての教室に「指導力十分な
   教員」を配置することを各州や各地方教委に義務づけている。 主要科目について、その能力が
   十分にあることを示す(demonstrate)ことができる教員であるとしているが、その肉付けは各州に
   任せている。
   また標準テストについても、各州は連邦からくる補助金を失うことのないようにするため、また数
   年間、学校か゛「改善を必要とする学校」になれば、成績の悪い生徒に対して公費で家庭教師を
   付けなければならない問題がある。しかし幸いなことに各州が標準テストつくり、その基準も定め
   ることができるので、この点を利用して基準の引き下げを図ろうとするのである。

  今後
   既に連邦政府は2004年1月16日付けで「指導力十分な教員」の解釈についてガイダンスを発表
   している。 それによれば田舎などで二つ以上の教科を教えている教員は、その一つで「指導力
   十分」と認定されれば、3年間は他の教科についてもそのようにみなす、としている。 また理科
   の科目についても同様にあつかうとして緩和した。

   また「特に不自由な生徒」のテスト基準を緩和する。 今までは普通の生徒と同じような基準によっ
   て「良好」「上級」などと判定していたが、これを修正する。 統計や「適当な年次向上計画」: AYP
   の取り扱いもこの新しい基準に拠る。 連邦政府はこのような生徒は全体の9%ぐらいと予想して
   いる。

   また「英語に不自由な生徒」についても、今までは成績が向上してそうでなくなった生徒の分は次
   の年には除かれてしまった。 そして残りの生徒について統計が取られたので、各学校や教委は
   苦しくなるので、今後は向上した生徒の分も加味しながら判定されていくことにする。 このように
   修正した。

   「学校選択」についても緩和する。 すなわち「改善を要する学校」、低学力校に2年以上続けて指
   定されると、希望する生徒を他の学校に転校することを認めなけらばならない。 その際、他の学
   校にこれを受け入れる余裕がない場合がある。 その場合でも今までは私学への転校は認めな
   かったが、これを緩和して出来るようにする。
 【参考】 なおアメリカの教育改革の大きな“流れ”については、138 アメリカの教育改革の変遷
      見てください。

 コメント
   ご覧のように新教育改革法の実施にともなって連邦資金の不足が最も大きな問題になっているが、
   今後どのように増額されていくのであろうか。また厳しい学力標準テストの緩和、特に「不自由な生
   徒」に対する例外措置、田舎などで複数教科担当教員に対する緩和策、また「改善を要する学校」
   への罰の緩和など、いろいろな面での修正が行なわれていくものと思われる。

   もしそうでなければ、ユタ州やヴァージニア州のように「これ以上、連邦の改革法には関わらない」と
   して州独自で“わが道を行く”ものが増えるなど、より混乱するからである。

 2004. 11. 12記          無断転載禁止

  【付記】 Paige教育長官が2期目の政権に留まるかどうかは不明である。 Bush大統領は全閣僚
       に対して「引き続き政権内に留まるかどうか、その意思を今週末まで述べてほしい」といって
       いるが、それに対して同長官は表明していない。 もの静かな71才の長官は今でもヒュース
       トンに家を持っているが、彼の親しい友人は「彼は新教育改革の使命をやれるだけやったの
       で、間もなくヒューストンへ戻ってくることになろう」と言っている。 しかし一方で依然として
       使命を果たすために留まるであろうとの憶測もあり、その去就がはっきりしない。 
       【Houston Chronicle 11/11/2004号】