5月のテーマ「鬼」

「まさに鬼」

御於紗馬

 今日は定時退社日。今年の新入女子社員で一番可愛い子と、大衆飲み屋でご一緒ですよ。ええ、いきなり高級な店に連れて行ってはいけません。下心が見え見えなのは嫌われますよ、ホントに。
 まぁ、新人研修大変だよねー、みたいな当たり障りのない話題の中で、彼女の趣味とか聞いたりね。何気なく、さり気なく。で、酔いも回っていい感じになって来た頃、
「おらぁ! なにしとんかキサン。 退かんか!」
 何やら物騒な野太い声。横目でちらりと見ると、あーあ、なんだか見たまんまのスジの人。上司と部下かな、可哀そうに、座る場所取られちゃって。
「酒や! ネーチャン! おっ、イイケツしとるやんけ!」
 うわ、いきなりセクハラ。人としてどうよ、とか、彼女とアイコンタクトで話します。しまった、彼ともアイコンタクトしちゃった。彼は身を揺らして近づいてきます。
「おい、良いスケ連れとんやんけ、ワレェ。なぁ、ネエチャン、こんなブサイクほっといてワイとイイコトしようやんけ?」
 何たる侮辱! 幾らド紳士であるところの私も、これには怒りがこみ上げてきます。
 丁度食べてた鰯の頭、ぶつけてやりましたよ。これでドロンと消えてくれたら、まさに鬼なのですが、現実、そうは問屋がおろしません。
「なにさらす、このクソガキ!」
「それはコチラの台詞です! 貴方がどれだけ周りに迷惑をかけているのか、見えてないのですか! 一人の個人として、恥ずかしいとは思いませんか!」
 相手の拳が振り下ろされる前に、一喝してやりましたよ。意表を突かれたようですが、尚も相手は睨みつけます。ええ、社会悪には負けてはなりません。
「暴力ですか? 私だって、言ったからには覚悟はあります。ええ、殴るなら殴りなさい。でも、たとえ殺されようと、私は一歩も引きません!」
 言い切った瞬間。私の背中にも冷たいものが走りました。が、彼も急に頭が冷えたのか、ちょっと周りを見渡しました。と、急に携帯を取り出します。
「あ、おう、分かった」
 ってか、今、着信してないだろ。画面が思いっきり待受け状態。突っ込みたいけど突っ込めません。
「運がエエなニイチャン! 呼び出しかかったんや。逃げるんやないで!」
 そう言い残して彼はそそくさと店を後にしました。後に残されたのは拍手喝采。彼女の瞳は尊敬の念でキラキラしてます。やっぱり、良いことをした後は気持ちが良いものです。
 もちろんその後、彼女とも気持ちが良いコトさせて頂きました。彼への謝礼は高くつきましたがね。
自己批判:怪談じゃない(笑

話としてはいい感じだと思うのですが、「怪談」じゃないね。どうしても。
「彼」との関係を最後までハグらかせば推理(ミステリー)的な面白さもあったかもしれません。
……でも、怪談じゃない(笑 小話です。どうしても。
「テーマ」を守っても、「怪談」の一線から外れてしまうとダメという例でした。

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