LM外伝Part7:最後の想い




 夜、急に強烈な感情エネルギーを感じ、睡眠状態から起動した。 バトルフィールド内でしか戦えないとしても、 敵意をもったモンスターや召喚師の存在は侮れない。 物取りの可能性も高いからである。が、私のセンサーに映ったのは 信じられない光景だった。いや、固体識別装置に異常はない。 紛れも無く、彼が、両膝を抱えて震えていた。

「どっ・・・どうしました?破壊の大帝さん!顔真っ青ですよ!」

「恐い。」

 その言葉を、意味に結び付ける事が私には困難だった。 ぽつりと言い放った彼の表情は今まで見た事無いほど真剣だった。 むしろ、恐怖に、不安にさいなまれている表情。鳴咽しながら、言葉を漏らす。

「コリュウさんも、スマウグさんも、倒してしまった・・・次はバイアさん・・・」

「・・・さん?」

「恐いんだよ、これから何が起こるか。確証が持てないんだ。」

 コリュウは麟孥鵐聾鵡(水中班)の、スマウグは麟孥鵐聾鵡(陸上班)の 主要モンスターである。彼が彼らを倒した時、いつもは見せない、 モンスターには絶対に見せないはずの憐憫を浮かべた事を思い出した。 しかし、彼らに敬語を使うとは、普段の不適で不遜で不敬な彼からは想像がつかなかった。

「何故、『バイア』と言う語が『恐怖』を意味するか、知る人も少なくなった。」

 知っているか?そんな風に彼は私を見た。
私は素直に首を横に振った。彼は天を仰ぐように、昔を思い懐かしむように続ける。

「b-Yak-38と書いて、バイアクミャーと読む。彼は創造神Lindmrugの一柱に相当する。 Koryu、Smoug、b-Yak-38、三柱でLindmrug。その中で、彼をして恐怖を意味する、その真意。 その彼がン・カイに居る本当の意味。」

 ため息をつく。先程までの恐慌状態は収まったようだ。 しかし、悲しげな彼を見るのは辛かった。 私は話を聞いてはいたが、彼の話が一貫したものとは取れなかった。 更に沈痛に、彼は語る。

「俺がやっている事は・・・全てを元に戻す、そのつもりだったんだ。 しかし・・・時間がかかりすぎた。そして、時は元には戻らない、 そんな簡単な事に気がつかなかった。」

 しばしの沈黙。私はかける言葉を失っていた。

「奴を復活させてしまった。その一端は僕に責任がある・・・。」

 彼が、僕と言う人称を使ったのに、驚いた。 その為、奴というのが何者であるか聞きそびれてしまった。 間髪おかず、再び空を仰ぐ。

「分かっている、分かっていた気はするんだ。だが・・・」

 握りこぶしで、急に地面を叩いた。

「もう遅い、彼を倒さなくても世界は変わる・・・。 僕だけの責任ではない。彼を呼び出したのは人間の欲望だから、 人間である以上、それに関わっているから、 召喚師として他の命を使役している以上、免れる事はない。 それは分かるさ。
 だけど、だけど、だけど!」

 彼がこんなに取り乱すのを、私は始めて見た。 涙を流しながら、彼は何度も何度も、地面を叩いた。 しばらく、私はその様を見詰めていた。見詰めるしかなかった。 機械である私にはそれしか出来なかったから。

 手が血だらけになって、息も上がって、それでようやく、 彼は落ち着いてきたようだ。荒い息で、つぶやいた。

「ただ・・・その前にやらなければ・・・自分自身に示しが付かない・・・ 『破壊の大帝』としての・・・」

 それが何であるか、私にはわからなかった。しかし、 最後のダンジョンを目前にして、彼が弱気になっているのは事実だった。 彼の目標が何であるか、それが達成されたとき何が起きるか、 私も少し恐くなった。


破壊の大帝ぐれねーどへ