LM外伝Part8:そして破壊の大帝・・・
が、問題はその後だった。予想もしなかった程の時空間への干渉が生じ始めた。 それは召送還時に起こるものとは質的にも量的にも異なっていた。 確実に物質世界へ影響を与える高次元から来る波動は 異界に帰った筈のネームレスダークレスがその眷族を引き連れて復讐に来たのではと思える程で私は背筋が凍える思いがした。 他の召喚師ならいざ知らず、止めを刺したのはいずれとも知らない所で予想以上の悪さをしてるらしい破壊の大帝であったからだ。
「よしっ、平行世界に歪みが生じる!成功だ!!」
“成功”と言うからには彼が元凶なのだろう。慌てて私は彼に問う。
「どっどっどっど・・・どうなってるんですか!?」
「今まで訪れた全てのダンジョンに魔術的な細工してたんだ。 ダンジョンを元の状態に戻す“リロード”の秘法が今この世界全部で暴走してる。」
リロード・・・話には聞いた事が有る。太古の昔、神が人に近く接していた頃 もたらされたと言う禁断の魔技。この魔法を発動させると“セーブ”した 状態で復活すると言う。クリスタルパレスでも彼はそんな事を言っていた。
「言霊の呪的順序を踏んでダンジョン制覇していったのもその為さ、 これで俺の旅は終わる。」
「・・・旅の終わり!? 待って下さいよ、世界が終わりかねないじゃないです!?」
「世界全てを“崩壊の日”に戻す! ありゃ、俺が一枚噛んでたんでな。」
私は彼の支離滅裂な話をホラなのかとうとう頭がイッてしまわれたのか判断が付かず、 狐につままれたような表情をしていたらしい。それを見て取った破壊の大帝は 少々神妙な顔で、北極星の方向へ遠い目を投げかけた。
「まず俺の事から喋らないとな。元々俺は歴史を研究してたんだ。それで、幾つか知らなくて良い事を知ってしまった。」
「知らなくて・・・良い事?」
「この世界、ギンヌンガガップはさまざまな“世界”の一部として存在する多元世界の中核の一つ。見る者によって微妙に異なる、不安定な世界だ。 さまざまな世界の者達がここに集い、召喚師として暮らしている。 今こうして色々な風景が視えるのは、他の世界を垣間見てる訳だな。」
暴走を始めた時空間、我々の回りにはさまざまな風景が現れては消えて行った。 色とりどりに輝く摩天楼、太古の壮大な神殿、閑静な住宅地や薄気味の悪い洞窟・・・
「しかし、この“世界”にはルールが有る。人間がむちゃくちゃ弱いんだな。 だから、弱いからこそモンスターを従えるようになった。 そしてモンスターというのは基本的に余所の世界の産物なんだな。」
「・・・? なら外来系というのは?」
「ああ、今俺が言ってる“世界”には外来系は込みだ。いわゆる外来系には、 真の彼らの世界が存在する。ギンヌンガガップに存在する連中は、そいつらのコピーに過ぎんさ。 まぁ、今はソコまで話を広げる必要はないけどね。」
ふう、と大帝は一息いれる。
「まぁ、何にせよ統一した世界を説明するには何らかの理屈が必要になるわけで、 手持ちの駒を増やすために従えるべきモンスターを自ら創らざる得なくなった。 それが人造系のそもそもの起こりだ。しかし、新たなる命の創造にはそれ以上の命を必要とした。 しかし、主流があれば史実に現れない話も出てくる訳だ。それが俺の話になる。」
「大帝さんの話・・ですか?」
「一部の研究者達はモンスターに頼らない方法をも模索しはじめる・・・ 簡単なことだ、人間が強くなればいい。バイアのブレスもものともせず、 アスピドすら素手で切り裂けるならモンスターを呼ぶ必要はない。 まぁ、既に人とは呼べず、そいつが“怪物”である事は否めないけどね。」
「そんな事が可能なんですか?」
「俺は出来たぜ。」
彼がにやりと笑った。言葉とその笑いから、彼がいわんとする事は理解出来た。 が、私の常識判断デバイスを通過させるのには少々データが大きすぎた。
「二通りの手段が考えられた。一つは機械化、要はサイボーグ化してしまうこと。
もう一つはモンスターとの融合。平たく言えば従われることなく己の意志で動くモンスターの作成だわな。
俺は前者だった。自ら歴史の一ページとなるために、改造を受け入れた。
そして後者とは逆に強力すぎるモンスター、術者の支配下に置けない奴を
人間と融合してしまって無理矢理操作可能にしてしまう方法だな。」
「まぁ、少々機械化の進んだ連中は俺だけじゃないし、 モンスターじみた奴も少なくも無い。が、ダンジョンモンスターとして 昇格されないかぎり、通常の召喚師でありながらそれだけの力を持つ物は居ないわけだな。」
「え・・・だって今大帝さん・・・」
「待て待て、まだそこまで話は行ってない。 人造系の一つの布石として歴史の一ページとなった俺はたゆまず研究を続け、 奴の遺跡を掘り出した。リダ、『ロード・オブ・ザ・ロード』のリダだ。」
「・・・リダ? 過去外来系の侵入を防いだ事で神から『勇者の証』を手に入れたと言う・・・」
「・・・と言う事にはなっている。でもまぁ、ちょっと考えればさっきのネームレスダークレスみたいのが わらわらきてるのに、それを一人で撃退なんぞ出来るわけがない。 その仮説に立って検証した所、やっぱり普通の人間じゃなかった。 “ヒト”から産まれた化け物だったのさ。」
ちっ、と舌打ちするように、それで居て怨むような悲しむような複雑な表情を彼は見せる。 しかし、どうした事だろう、私にはその感情が手に取るように判った。私の感情分析コーダーは ここまで精密だっただろうか。
「頭脳となるべき被験体が確保されて・・・っても人間だけどな。 初期的にはアウドムラと融合させる実験の最中だったらしいけど、 その絶対的な適応能力を買われて、奴と合成する研究に切り替わったのだが・・・。」
「・・・失敗したのですか?」
「成功していれば今の世界は無いわな。俺はその頃、今のダンジョンモンスター達の元となる奴等と闘いながらデータ集めをしていた。 アークエンジェルとかからいろんな話を聞いたよ。そしてこの世界を現実的に支配しているのは、コリュウ、スマウグ、そしてバイアクミャーの三神と言う事も判った。 一飯にリンドムルグと呼ばれる神々であるな。」
・・・それで、アークエンジェルを知っていたのか、私は少し前の事を思い出していた。 そういえば三神についても、モンスターでありがながらさん付けしてたっけ。
「彼らはリダの存在を許容しなかった。発達しすぎた技術はリダの暴走とともに崩壊した。 それが“崩壊の日”の顛末と言う訳さ。しかし彼らの干渉の結果、“世界”の器が小さくなった。 数多くの分身、錬金術、闇の技をも許容しかねない土台が出来てしまったんだ。」
「なら・・・大帝さんは?異常発達した技術の賜物でしょ?・・・」
「俺はあの時、一度死んだ。しかしこの日のために無理矢理生きていた。 外神と契約を結んでな。そしてその仲介をしてくれたのがコイツなのさ。」
大帝は破壊の剣を掲げた。黒光りする剣身が鈍く外界を映し出していた。
「俺は歴史を研究してるつもりで自ら歴史のパーツになってた。 不安定な世界には確固たる歴史は存在し得ない。しかし俺は歴史の隙間を詰めていった。 その結果がコレだ。だから、俺は全てを元に戻す。俺がピースを埋める前、安定した世界の可能性が残っていた頃にね。」
「・・・大帝さん・・・なんだか・・・私・・・変です・・・」
破壊の剣には、今の私が映っていた。フォログラムの写し身は、今までの 怪しげな姿から、次第に若い女性の姿へと変貌していった。 本体であるプロジェクターの記憶が物体として転化されているようであった。
「そうか・・・お前・・・だったのか・・・リダのブラックボックス・・・」
大帝は全てを納得したような、それで居て哀愁を帯びた表情を私に向けた。
私も、封じられた記憶が活性化し、そのことを認識した。
実験体としてディケイドから連れ去られ、そしてリダの本体となるために
私の肉体は有機機械として再構成されたのだ。それが今のプロジェクターに詰め込まれていた。
私は元の姿に戻ろうとしているのだ。リダの力をも備えたままで。
そこで、破壊の大帝は急に叫びを上げた。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!まずいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「・・・もう良いです・・・なんだかだるいです・・・でも・・・すがすがしい感じ・・・」
「でーい!多幸感に浸ってる場合か!元素転換が起きてるんだぞ!? しかもリダの再構成まで吹っ飛ばしてる。アストラルレベルで変異が起きてる気持ちは分かるが、 それが何を意味するか考えてみろ!エネルギー収支がどうなってるか!?」
「・・・?」
「うがー!只でさえ“世界”を歪めかねんエネルギーがお前から放出されてんだぞ? 俺の計算だとフィールド外の相互作用によってエネルギー転化率が数億倍に膨れ上がってる筈だ!! だから世界を戻すなんて芸当が可能だと言うのに・・・。」
確かになんだか、暖かかった。私から放射されるエネルギーが次第に強力なものへ増大して行く様も感じる事が出来た。 機械の体なら一気にオーバーフローを起こしかねないほどの計算が必要ではあったのに 今の自分なら、それをすんなりと受け取る事が出来た。
「このままだと戻りすぎてビックバン特異点を通り越してしまうがな! ティンダロスの猟犬さえ産まれてなかった頃・・・虚数時空間に不可逆性時間粒子を持ち込む事になるから 時空連続体と予定調和に致命的な矛盾を生じる・・・言い換えると完璧に外宇宙との接点を破壊して、 ヨグ=ソトースの拡張を制限すべき封印がしかるべき位置より大幅に移動する?・・・ げ、と言う事はアザトース様に叡智が戻ってしまう〜!!!」
訳の分からない事を深刻に絶叫する大帝はとても滑稽であったが、 私はもう、笑う事すら億劫だった。心地よく流れて行く粒子の川に ただプカプカと身を委ねていたかった。
「うー・・・落ち着け、落ち着け破壊の大帝。まだ終わった訳じゃないぞ。 ここまできっちり嵌まってしまった以上、この事態はニャルラトテップの計算の内、と考える方がまだ自然だ。 それならまだ策はあるはず、奴のひねくれた性格から言って選択肢が一つと言う事はない。 全部罰ゲームのカードだろうけど、最小限ダメージが少ないカードを選べるはずだ。」
「・・・眠い・・・」
「あー!いかん、思い付かん!!
仕方ない、一番オーソドックスな手で行くか。
おいっ!土曜日の実験室なんて大ボケかますなよ!?」
ビビビビビビビビ・・・と音を立てて彼は私の頬を叩く。 溶け行く意識を呼び起こされて、私は少々不機嫌だった。
「・・・なんですか・・・?」
「今ならもれなく、風の妖精も翼を広げて時の谷間を光の速さで走れる! さぁ、あの夕日に向かってダッシュだ!」
夕日など何処にも無い。私は呆れてしまった。
「なっ・・・何ですかそれっ・・・」
「いいか、こうなったら足を使うんだ。この時空間、頑張れば走って抜けられる。」
「・・・時空間の転移は物理的移動手段では不可能です。」
「不可能かどうか、やってみないと判るまい?何せ手段ではない、足段だ! 99%不可能でも残り1パーセントに掛ける!」
「100%不可能です。」
「だめか・・・」
破壊の大帝はがくんと膝を落とした。彼が絶望する様を見るのはこれが初めてだった。
全自動突っ込み装置として彼と付き合ってきた私としては少々肩透かしを食らった気がした。
「くっ・・・だめか・・・ふふふ・・・ははははは!!!!!わははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
「・・・大帝さん・・・」
「仕方ない、未来永劫宇宙をさ迷う前に・・・貴様の臓腑でも食らって見るか・・・」
「ぐはっ!待って下さいぃぃぃ!!!!」
彼の目は本気だった。にやりと微笑んで、破壊の剣を上段に振り上げる。 私は必死に祈った。死にたくない!!まだ私は生きていたいんだと・・・
その瞬間、全ての景色が同じ色に染まって再び収まったときには、ン・カイの森の手前に居た。 辺りは何事も無かったように静まり返っていた。が、気がつくと大地に寝そべる私の頬のギリギリの所に 破壊の剣が突き刺さっていた。混乱する私に、彼はVサインをして安否を気遣う。
「成功、感謝するぜ。沸騰する混沌の核に達する前に抜けられたぞ。」
「・・・何がどうなったのです?」
「そんなに難しい話じゃないよ。お前も言ったじゃん、時空間の転移は物理的移動手段じゃ無理だって。 あれだけのエネルギーが溜まってたんだ。完全な精神統一さえあればワープぐらい軽い軽い。 君の死にたくないと言う一念がワテらをここまで引き戻したのさ。」
「!・・・なら・・・戻ったのですか?」
「いや、それが判らん。あれだけ“世界”に干渉した以上、なんか変な事が 起きてるかもしれんね。未来で突然モンスターの属性が変わったりとか有りそうだ。 意外と過去のバルキリーの弱体化はこの影響かもしれん。 ま、そういうこの世界だって、元の世界かどうかは怪しいもんだぜ。 とりあえず君は元に戻ってるみたいだけどね。」
私は元のホログラムに戻っていた。彼もプロジェクターを背負っている。
「ま、そう悲観したもんじゃないさ。君の正体判った以上、リダの本体をどうにかすれば 元の肉体を回収出来るかもしれないからね。・・・だから今の一番の問題はこの世界がほんとに 元の世界かどうかと言う事だ。たしかめにゃならんなぁ・・・」
彼は鼻の頭を掻きながら、そう言いながらも途方に暮れているようだった。
「飯でも食える所探すか?で、変な物が出てきたら別の世界。」
「・・・いい加減すぎますよ、それ・・・」
「いやさ、駄目で元々、万一別の世界だったら元の世界に戻る方法探さにゃならんもんな。」
「何処の世界に居ようとも、結局行き当たりばったりなんですね。」
「行き当たり結構、ひょんな事で元の世界に戻れるやもしれん。」
「行いの悪さを忘れないで下さい。生身で地獄に直行しかねません。」
私は笑いながら、彼のセリフに突っ込んでいた。まだ暫く、彼と旅が出来そうだ。 それで良いのではないか?昔の私は私、今は今なのだから。
「・・・貴方がこう言う事するから、ギンヌン世界が不安定になるんじゃないです?」
「・・・ぐは、それは秘密だ。」