LM外伝Part５：心と機

　ざくり、

　鈍い音とともにまた一つの牢獄から魂が解放される。

　ざくり、ざくり。

　彼の命を奪おうとするものから逆に命を奪い続ける。

　両手に持った対の剣は己の意志を持たない傀儡達の体液で赤く染まり、 それらを操る彼の体も無遠慮に降り注いだ血がどす黒く輝いていた。

　ざくりざくり、彼の手は休まらない。

　それは失われた彼の部下、彼の領民たちへの鎮魂歌。

そして、いつしか尽きるだろう彼自身への哀歌。

　「思ったよりもがんばるよね。」

　白衣を着た若い男が呟いた。 自分の作り出した不具の生物達が失われていくのを、さも当たり前のように、却って前提の様に。 それに痛みは感じない。そう、壊れていくのが彼らの役目だから。自分たちの代わりに血を流し、 命を落とす、そのために作ってやったのだ。

　「いつまで保つか賭けるか？」

　他の一人が、望遠鏡を手に様子を伺っている。男達は五人、彼らが来るまでは小奇麗な城下町で あったはずの荒野から、成り行きを見守っていた。そう、一週間前まではきわめて平凡で質素で、 平和な国だったはずである。それがたった五人と数百の異形の者によって蹂躪され破壊され、 跡形も無く崩された。唯ひとり、神より授かったと呼ばれる二振りの剣を手に、 国王自らが最後のあがきを繰り返していた。

　「たかが百人のサンプルを拒むからだよ。馬鹿だねぇ。」

　たった一週間前、彼らは王にある区域内の村、百名の人身御供を要求した。 彼らは“科学”によって“人工的に”“生き物を作り出す”者達、彼らは自らを“科学者”と呼んだ。 霊子エネルギー、エーテル体、聞き及んだことすらない専門用語で捲くし立てる。 それが貴方の国にとって都合が良いはず。この実験の結果は必ずや国軍の増強を約束する。 言葉巧みに王に誘い掛けたが、結局王の言葉は“ＮＯ！”。いかなる理由にせよ 国民を犠牲にするわけにはいかない。もし武力で来るのならばこちらもそれなりの 対応をさせてもらうと。彼らはそのとおり、武力で進行していた。
　その結果が、これである。彼らにとって、国の滅亡は関係無い。すでに十分すぎる サンプル…人体実験のであるが、それらは手に入れていた。 しかし、後腐れを絶つために事態の隠滅という処置を取る事になった以上、 喩えそれが退屈なものでも付き合う以外無かった。

　「俺が行くよ。」

　ふらりと、興味なさそうに見ていた一人の男…彼も白衣を纏っていたが 明らかに他の“カガクシャ”達とは異なる雰囲気の男が立ちあがった。 年はまだ若いようだったが、妙な威圧感がある。まともな神経の持ち主なら気押されただろうが、 科学という信仰に置いて狂信的な彼らにはそれすらまともに取れなかった。 いや、取れるだけの感性は既に失われていたと言っても間違いないだろう。

　「今のままだと、あのおっさん勝っちゃうぜ。俺が引導渡してくるよ。」

　男は大降りの剣を引っさげると、今まで着ていた白衣を脱ぎ捨てる。 その下は鎧…黒塗りのレザーアーマーが妖しく光った。

　「良い当て犬だな。」

　「おまえが負けるのに1000gp賭けるけどどーだ？」

　彼らと同類であったことに怒りと嫌悪を覚え、すでに彼らと同じではないことに 若干の寂しさを感じていた。

　「何はともあれ、データは取ってくれよ。初陣なんだからな。」

　それだけ口にし、戦闘とは呼べない戦闘へ身を投じる。 相手は一人、しかし肉塊が増えていくだけの戦闘。ふと目線が合った“王”に対し、 形式だけの礼をすると、構えを取る。これも自分の性なんだろうか？ 自問しつつ相手の動きを待つ。

　「科学とやらの発展が、そんなに大切か！」

　全てを失った男は叫び声とともに新たな標的へ突進してくる。

　「いや、俺の場合生活かかってんだ…それだけ。」

　がぎん、重々しい金属音を立てて聖なる剣を禍々しい紋様を受けた剣が跳ね除ける。 今まで豆腐でも切っていたような切れ味が嘘のようであった。

　「なんと…我が剣と拮抗するとは。」

　「生憎、俺の剣もふつーじゃねーのさ。」

　繰り出される双剣をかわし、自らの剣を相手に叩き込もうとする。 一振り、二振り、三振り。冷静で且つ気迫のこもった攻撃は相手を両断するに十分であった。 しかし敵も最後の力を振り絞り応戦する。喩え手負いであっても十分な破壊力を持っていた。 気を許した方が負けである。しかし、科学が一歩上手だった。がきん、それは確かに 彼の腕と共に胴体ごと切り裂いたはずであった。

　「甘かったね。ふつーじゃないのは剣だけじゃないのさ。」

　ざくり、躊躇無く剣は王の首を跳ねた。

　もしあの時、彼を倒して無ければ…奴の復活も、ゲートの崩壊も、 そして自分の旅も無かっただろうか？ふと自問する。いや、どこかで望んでいたんじゃないか？ 全ての破壊、全ての消滅…しかし、そんな思いを振り切るかのように苦笑いを浮かべる。 傍らの全自動突っ込み装置が怪訝な表情を浮かべるが、連続するスランプ故と解釈したらしい。

　「…やっぱ、簡単には勝たせてくれないね。」

　ディケイドに残る呪い恨み…この地に散った罪亡き人の嘆きが、彼の古傷を疼かせた。