『てのひら怪談 壬辰』感想リスト
(2012/07/11)
折角『てのひら怪談 壬辰』掲載予定リストをリンク付きで作成したのですが、ビーケーワンからhontoへの大人の事情により、ビーケーワン怪談大賞ブログが閉鎖してしまったので詮なきことになってしまいました。あなはかなし。
そんなわけで「ビーケーワン怪談大賞」はコレにて終了です。悲しきこと限りなしです。
そしてまさかのポプラ社からの撤退ですよ。コレにはビックリでした。そんなわけで、『てのひら怪談』シリーズも今回で終了です。「800字掌編怪談」についてはいずれどこかで、と東雅夫氏は語っておられますが……
そんなわけで、本賞を陰から支えて来たタカザワケンジ、辻和人両氏の後書きが掲載されています。
心あらばよく読むように。よく、よく読むように。
そして、まさかまさかの、記念すべき本書にこの御於紗馬、未掲載です。どっひゃぁ。
掃いて捨てるほど有る私の一生の不覚がまた一つ…… と、前置きした所で感想ですよ。
- 『窓辺』小瀬朧
積み重ねてくる雰囲気の重圧から、ふっと、揺さぶる一行。この呼吸が世俗のオカルトと文藝の境目だと思います。
- 『鳥居の家』夢乃鳥子
日常の細かい描写が、非日常をそのまま包含してしまっているのは、単に筆力のなせる技かと。
- 『ビストロシリカ』深田亨
どうして探偵が、彼(又は彼女)と接触したのか。怪異を深めていると感じます。
- 『竜宮の手』松本楽志
たった800字で、幼少期の記憶から今に至り、そしてその先までを描きる。さすがです。
- 『足下に寝ている電話の向こう』黒次郎
グラグラと最後まで揺れ続ける、リアル。淡い虚実が妙にそそります。
- 『砂』我妻俊樹
据えた匂いが漂ってきそうな、場の存在感がステキです。だからこそ、怪が映えます。
- 『海水浴』江賀根
視点の移動と適度な距離感が生んだ遠近感を、ひょいと通り抜ける怪異にゾッとします。
- 『雄勝石』勝山海百合
淡々とした実話感がたまりません。いや、出てくるお名前を見る限り実話なのでしょう……
- 『海辺のサクラ』ヒモロギヒロシ
炸裂するヒモロギ節もさる事ながら、ラストのオチが彼の新たな境地を垣間見せてくれます。
- 『笑顔の理由』さとうゆう
たとえ遠くに逝ってしまったとしても、懐かしさは微笑みに繋がるのです。いい話です。
- 『おかえり』根多加良
切々とした文体の中に、家族への想いが見え隠れします。この、タイトルが、良いです。
- 『船影』三輪チサ
まるでルービックキューブを回すかのように、ズレがピタリと収まる。さすがの手腕です。
- 『煙火』吉川楡井
現場の雰囲気が妙に味があります。何かの意味があるかのようなラストがもう一味加えてくれます。
- 『停電の夜に』松村佳直
闇を失った都会の夜は、漆黒の方が異界なのでしょう。そこから立ち上る話の美しいことよ。
- 『風呂敷包み』杜地都
得体のしれない、その「匂い」が気にかかって、仕方ないのです。
- 『偵察』湯菜岸時也
彼は誰に対して、何を謝っていたのか……。一抹の疑問が後を引きます。
- 『片方』神沼三平太
意外性のある怪異が、計算尽くされた文章で描き出されています。巧みという他ありません。
- 『子供靴』貫井輝
直接体験していなくても、怪談として成り立つのです。この視点は大事です。
- 『靴』上原和樹
晴れた夏の日の元でも、妖しきコトは、起こるのです。
- 『靴』仙堂ルリコ
800字に詰め込まれた、奇妙な物語。語り手だけが蚊帳の外なのが又、良いです。
- 『蛙の置物』樫木東林
べっとりとした読後感。得体の知れない何かに関わってしまった感が凄いです。
- 『網戸の外』まつぐ
異常のものの忌まわしさの描写が素晴らしいです。
- 『過ぎゆくもの』告鳥友紀
夏の想いがギュっと詰まった珠玉の逸品。一抹の寂しさが、夏の本質かもしれません。
- 『花の娘』夢乃鳥子
幻想的な余韻が、素晴らしい逸作。この最後の一行が、出来るものではありません。
- 『遠くの星の青い花』小島モハ
ゆりんゆりんしとる!
- 『花咲く家』緋衣
過ぎ去っていく感が、非常に物悲しく感じます。
- 『隣家の風鈴』武田若千
体験の共有、というのは後から気づくとゾッとするものなのです。
- 『プチプチ』梅原公彦
隣の部屋であれば、それ程聞こえるとは思えないのですが、ソコがまた怪異なのでしょう。
- 『背戸の家』青木美土里
手繰り寄せた記憶が、噛み合わないもどかしさ。ブキミさが残ります。
- 『引越祝い』大城竜流
友人たちの台詞の使い分けができているのが、落ちにも繋がって良いです。
- 『ただ佇む』紅林まるこ
何が「常」で、何が「常」でないのか。非常に巧く描かれています。
- 『同居人』きりゑ薫
少しずつ視えてくる、その焦らし具合が良いです。
- 『トラック09』江原一哲
友人はトラック09に来る前に眠れているのか、それとも……
ってか、なんてこれ「サンドマン」じゃなくて「サウンドマン」
- 『公衆もしくは共同の』三輪チサ
そっちかよ、と急にタイトルに繋がってしまうのが凄いです。
- 『新築』クジラマク
よどみなく語られる怪異の奔流。電波にならないのは単に彼の筆力によります。
- 『描かれた蓮』よしおてつ
井戸に手をつけてしまったことも、一つの因縁なのでしょうか……
- 『湧く』杉澤京子
人工で作られた場所にも想いが宿っていく様が、非常に自然に描かれています。
- 『喘鳴』小瀬朧
喚ばれているのか、詰られてるのか。タダの偶然にしても、と思わせる所が良いです。
- 『水田に泣く』立花腑楽
異常な世界での異状が、却って正常であっても、それは果たして……
- 『坊主の行列』よいこぐま
坊主、と見せかけて別の方から勢いに任せて押し込んで来ます。
ちなみに、チベットの袈裟は小豆色のようです。
- 『駐車場』千葉
ふと気づいてしまった「異」。投げっぱなしにも説明多寡にもならない上手い着地です。
- 『廃材トラック』ひびきはじめ
日常の、ありふれたモノに対する描写だからこそ、付き放たれた怪にドキリとするのです。
- 『感応』大城竜流
現代の民話、という感じでしょうか。枠組みを置くことで読み手を巧く誘導しています。
- 『ここにいる』矢口慧
淡々としたグロテスクと一首の和歌の再構築が見事に融合しています。
- 『教習番号9』江原一哲
地の文と語りのバランスが程よくて、臨場感を感じさせます。この感覚は大事です。
- 『間の駅』葉原あきよ
地下鉄なので、逃げも隠れも出来ないはずなのです。東京の地下に潜む、何かなのかもしれません。
- 『二の舞』明神ちさと
視えたものよりそれが意味するものの方に気が向いても、しかしてそれは……
- 『自動販売機』乱雨
たとえそれが、偶然であっても、そう言い切れない方に持って行く。これぞ怪談です。
- 『通貨論』クジラマク
奇異が怪異に転じる瞬間。いや、転じたかどうかも区別つかない不安定さが気味の悪さを残します。
- 『柘榴のみち』君島慧是
日常から、ふわりと夢幻へと移行する端正な文体が堪りません。
- 『闇鍋』水月聖司
来るぞ来るぞと思わせて、ホントに来る。それだけの筆力のなせる技です。
- 『夜間訓練』添田健一
「わたし」は誰と、話していたのでしょう? ほら、ゾッとする。
- 『怪談会にて』登木夏実
文章であることを最大限に利用しているのが良いですね。「語り」を文章で表すのは、実は難しいのです。
- 『証明写真機』安部孝作
「まだ何かあったの!?」的な読了感がステキです。見たかったような、そうでないような。
- 『鳥の頭』烏本拓
圧倒される、その存在。噛み合わない歯車が、とてももどかしいのです。
- 『「うん、そうだね」』杜地都
怪異自体よりも、その思い出に怖さを埋め込む方向で、じわりと来ます。
- 『求婚』早乙女まぶた
これほど王道なのは凄いのです。まさに、引っ張られてしまうのです。
- 『小石おばば』田中せいや
オババとラストの整合性が不明なままなのが良いですね。理不尽なのです。怪異は。
- 『授乳』貝原
背徳的なエロチカを感じさせつつ、意外な結末を見せる。巧いです。
- 『飛脚の夢』不狼児
イメージの連続が目眩を起こすかのように、異世の世界に誘います。
- 『みずこクラブ』ヒモロギヒロシ
積み重ねた小ネタの全てが、「どれ」という言葉の重みに繋がってます。
ふと気になって調べたのですが、『ペット・セメタリー』より諸星大二郎の『死人帰り』の方が古いのね……。
- 『ご信心のおん方さまは』高家あさひ
出店の雰囲気が懐かしさを感じさせる一作。
ちなみに年に一日だけ、一晩だけしか売られない信仰物、というのは実在します。
- 『初詣』山本水城
全く、妖物が出てなくても、怪異は怪異なのです。年のはじめでコレは、かなりショックですよ。
- 『路地の猫』山村幽星
なんともノスタルジーを感じさせる、ほっと出来る一編。
- 『扇風機』久藤準
地味なリアルな怖さが伝わってきます。マンガに陥らないのが細かな描写力かと。
- 『携帯電話』宇津呂鹿太郎
やりとりが自然なのに、ラストへと無駄なく紡がれる会話が巧くて、羨望さえ感じます。
- 『誰がそう言った』阿段可成子
痴情のもつれの、言い表しがたい混沌がそのまま現れたかのような不条理。背徳感残る余韻です。
- 『夜勤業務の耳』神村実希
夜の病棟の不気味さ、怖さを、これでもかと詰め込んだ一作。凄いです。
- 『体感温度はもっと高いはずだ』ももくちそらミミ
「暑い時こそ怪談で涼む」を、まさに文章化した感があります。夏が近づいた今だからこそ、実感します。
- 『タイパーズハイ』青井知之
私もプログラマやってるものなので、凄く、雰囲気が感じられます。
ただ、小気味良くキーボードを叩くと「カチャ、カチャ」とは言わず、「タタタタ……」に近くなるかと。
- 『無秩序』ハナダ
混沌はどこから来るか分からず、いつ見初められるかも分からない。そんな不条理が効いてます。
- 『錆びた自転車』ひびきはじめ
色々説明をしてしまいがちなラストですが、思い切りの良い終わらせ方がステキです。
- 『メガネの導き』青井知之
導かれたか否かは疑問がありますが、生理的な嫌さも伝わってきます。
- 『裸の男』金魚屋
途中までは、難に遭うのは友人と見せかけて…… 幾通りにも匂わせるのも一つ、巧みさです。
- 『酒捻り』敬志
ボロボロと崩れていく常識が、そしてその行き着くだろう先が、なんとも哀愁を漂うではないですか。
- 『モンシロチョウ』葦原崇貴
淡い思い出と、モンシロチョウの羽ばたきがシンクロする、不安定さが堪りません。
- 『出たがる』井上由
少女の首筋というフェチな部分だからこそ、怪が映えるというものです。
- 『アチラのいいなり』有坂トヲコ
ズルズルとズレていくような曖昧さが、読者を幻惑するのです。
- 『小道具』佐多椋
小道具扱いなのが、相方なのか見えないもう一人なのか。芸の道は業が深いのです。
- 『ライブハウスにて』綾倉エリ
喧騒と熱狂の中に、異世のモノが潜んでいる。私コレ読んで『デビルマン』の原作思い出しましたよ。
- 『イソメのこと』間遠南
淡々とした語りが、薄気味悪さを引き伸ばしつつ、最後の一行がとどめを刺します。
- 『醍醐味』大城竜流
普通の話題に引き込んだ所で、インパクトの有る話をポンと出す。この間合、上手いです。
- 『幻狐』九条紀偉
流れ行く、妖しの光景。この幻惑するような描写は、なかなか出来ません。
- 『倫敦』加上鈴子
旅先の記憶が、何時まで経っても途切れない。その方が余程、怖く感じます。
- 『家族旅行』富安健夫
視点から言うと、息子さんには「見えていた」のでしょう。背中側で行われた、見てはいけない、何かを。
- 『忘れられない』石本秀希
灯のない夜に見えた、ということは晴れ渡った太陽の元での海なのでしょう。寂れた旅館との対比が良いです
- 『としのころには』さとうゆう
今まで話していた相手が、別のものに取って代わられる恐怖。そしてこのタイトルが巧く繋がっています。
- 『お化けが来るよ』江村阿康
過去の自分を振り返りながらの、分析的な文体でありながら、母への想いが怪以上に印象に残るのです。
- 『銃を置く』白ひびき
会話の妙でするすると読めてしまいますが、何気なく、怖い話です。
- 『雨の日の邂逅』高柴三聞
緊張感が高まる中、静寂を破る一言。腑に落ちないままのラストが、人智の限界を気づかせるのです。
- 『赤い光』崩木十弐
どれをとっても怪しい意外の何物でもない、絶望的とも言える状態が、バランスよく描かれています。
- 『深さをはかる』水没
ヌメリとした、海の怪異。絶妙な後味の悪さが残ります。
- 『屋根の上』紺詠志
怪異の共有化と思いきや……ソコまで持っていく文章力が凄いと思います。
- 『夏の火』どこかの虫
傍から見ていて、分からない、理解できない、というのもやはり、怪異なのでしょう。
- 『氷売り』松本楽志
ポロポロと崩れる、現実。崩れた後から覗く、ザラザラとした異界。このバランスが絶妙です。
- 『くすくす岩』朱雀門出
怪談書きの業が垣間見える一作。怪異よりも、この主人公が一番、怖い。
- 『親子』石居椎
普通の光景が一変して、阿鼻叫喚へと変わる。想像できる範囲で伝わるから巧いのです。
- 『あじさいを』藤村
語り手が何者であるか、有無を言わさぬ文体が、不気味さだけを募らせるのです。
- 『Yさん一家』伽羅
歪んだ想いはいつしか依代を求め、異世との境を、呆気なくも通り抜けてしまうのです。
- 『まじない』沢井良太
秘密の共有だったり、庄屋との関係であったり、色々な角度によって奥深さを感じさせる作品です。
- 『黒松の盆栽』丸山政也
誰がそうしたのか、否むしろ、喚ばれてしまったのか。周りの状況をかませることでリアリティが増しています。
- 『返して』直
後から解釈をすることも出来そうなのに、ソレをはばかる何かを感じさせる、不気味さが凄いです。
- 『タヌキ』廻転寿司
死に近しい者は、一足早く向こう側へと通じてしまうのか。病院という特殊空間だからこその怪異です。
- 『最後の旅支度』本田モカ
子供の文体だからこそ、曾祖父に対する思いをストレートに表現しています。
- 『大喝』石居椎
静けさのこもる旧家に、響き渡る一喝。文章なのに音を感じさせる作品です。
- 『母』有井聡
死者への手向けの想いが、ほんとうに羽化したかの様な一作。非常にきれいです。
- 『百十の手なぐさみ』松音戸子
生の長さが感じられます。その長さからポロリと転げ落ちたかのような、そんな怪異が印象深いのです。
- 『床下の骨』圓眞美
長く漬けこまれた人生から、一片だけ透けて見えた異界。味わいがあります。
- 『座布団』小石川
まるで昔話のような、ほのぼのとした妖異。不思議と隣り合わせだった古き良き時代を思わせます。
- 『ぐにん』白ひびき
本当にソレが、正しい対処だったのか全然根拠がないのが、真に恐ろしい所ではないかと思うのです。
- 『ならわし』田中せいや
奇妙な風習も、度を越すと怪異に違いありません。正常の判断を超えるものは即ち、畏怖すべき怪異なのです。
- 『ギリシャ壺によす』高山あつひこ
本書屈指の幻想的な作品です。どこで転んでも、怪異になり得る怖さがあります。
- 『自動口述機ペルセフォネ』君島慧是
作者得意の衒学的な一作。この重厚な雰囲気が非常に妬ましいのです。
- 『老いる』布靴ソコエ
幻想色が強くありながら、奇妙なほどの現実感が息づいています。
- 『落としの刑事』万里さくら
「憑き物落とし」的には、全然落ちてない。むしろ溜まってる。そのギャップが良いですね。
- 『炭鉱怪談』日野光里
土地の言葉に乗せた、土地の記憶。土地の息吹。それは何時まで経っても、消え失せないものなのです。
- 『二文字』鈴木文也
奇妙な暗合に、ハマりきってしまったその不条理。そして業の深いことよ。
- 『花嫁』尾神ユウア
細やかな描写が、伯母の性格をよく表しています。落ち着くべき所に、話は落ちるのです。
- 『折紙姫』日野光里
グロ度は抑えているものの、地味にエグい。いや、好みです。大好きです。
- 『昼下がりの変事』暮木椎哉
抑えた筆で描かれる、発狂ギリギリのグロテスク。自分なら何を見るだろうか。
- 『文殊の知恵の輪』岩里藁人
外の命を吸い上げているかのような、「終わりの始まり」。意外と、こういうものかも知れません。
- 『世界の終わり』ハナダ
けだるい夢うつつの終末感が、なんとも言えない説得力を持たせています。
- 『怪談王』新熊昇
ラストに相応しい、怪談愛に溢れ過ぎて困る一作。いやこれ、書けそうで書けませんよ。 p>
震災ネタが多いですが、それはやむを得ないことでしょう。
ネタといえば、筋だけ見ればある意味「ありふれた」普通にある怖い話が多いように思います。が、それでいいのです。奇をてらう賞じゃないのです。むしろ、ありふれたモノを如何に料理……つまり恐怖の旨みを加えれるかが問われてくるわけで。
そういう意味では、今回の作品は非常に虚実の皮膜を透かして来るような、非常に高度な作品が多かったように思います。何より言葉の選び方です。これこそ、「文の芸」であります。