お兄ちゃんどいて そいつ殺せない 〜Most Bat Root〜

 

「おにいちゃん、いっぱいでたね」

 顔に巻き散った精液をそのままに、少女は宗像総司の男根をいとおしげに舐めあげた。射精したばかりで敏感になっている亀頭への刺激は、予想だにしていた無かった事態に困惑気味だった宗像の頭を、少しばかり整理させた。とは言えど、ありえない光景が拡がっている事には変わりはない。リンスの香が漂う少女は彼が放心したまま腰掛けているベッドにのり上がると、後ろを向いてワンピースの裾をを捲り上げ、自ら可愛らしい、純白のパンティに手をかけた。

 事の起こりは三週間ばかり前である。宗像は友人の薦めで始めたネットゲームで遊んでいた。すごいIT技術の進歩により、同時に何百、何千も人間が同じフィールドでRPGを楽しむ事が出来る、所謂MMOと言われるジャンルである。ゲームのプレイヤーは各々キャラクターを操り、他のプレイヤーのキャラクターと協同で冒険が出来るのだ。無論、プレイヤー同士意気投合して、直接会ったり、中には付き合ってみたりする男女だって居るわけで、出会いの少ない現実を保管する意味で重要な地位を占め始めていた。

 総司の部屋に潜り混んだ少女は、本名は彼も知らないのだが、ゲーム中では“TUKIMIYA”と名乗っていた。どうもエロゲーのヒロインからとったようで、他にも諸々同じ名前が使われているのだが、彼はどうしてワザワザそんな汚れなことをするのか、理解できないでいる。ちなみに、総司は自分のキャラクターをなんとなく“ウォルター”と名付けている。

 別に、彼がナンパしたわけではない。何故か彼女の方から懐いてきたのだ。いや、懐いてきたというのは語弊があるだろう。総司はぼんやりと、彼女の白い尻が外気に晒され、まだ薄い叢に眠る、幼いながらもシッカリと存在する洞穴を眺めていた。本物を見るのは、彼は初めてである。彼は、彼女と知り合った時のやり取りを、ぼんやりと思い出していた。とある、街でのことである。

「お兄ちゃん♪」

「………俺の事?」

「うん、一目見て判ったんだ。私のお兄ちゃんだって♪」

「なんだよそれ………ってか、初対面なのに“お兄ちゃん”はないだろ」

「照れなくても良いんだよぉ。 お兄ちゃんと私の仲でしょ?」

 キャラクターの表情からは読み取れなかったが、かなり本気のようだった。そして、事ある毎にお兄ちゃん、お兄ちゃんと付いてくるようになった。邪魔はされなかったので暫くはやんわりと、面白半分で付き合っていたが、次第に、何とか言う漫画を読めだの、ゲームをヤレだの、コミケに行こうなんて言ってくるようになった。そして、当のコミケの差し迫ったある日の事。

「あ、そうだぁ! お兄ちゃんのお家からコミケに行けば近いよぉ!」

「俺んちなんか知らないだろ?」

「うん? 知ってるよ? 千葉県野田市………」

 総司はパソコンに向かって大声で吼えてしまった。彼女が口走るのは紛い無く、自分の住所だったからだ。慌てて、彼女を問い詰めようと試みる。

「何で知ってるんだよ」

「だって、お兄ちゃんの妹だもん。お兄ちゃんの事なら、何でも知ってるよ♪」

 埒があかない。背筋が凍ったのは初めてだった。まさかストーカー? 総司は怖くなって、顔を真っ白にしていたが、ゲーム中のキャラクターは相変わらず無表情のままである。だが、雰囲気を察したのだろう、知り合いが話し掛けてきた。

「ねぇ、その子、本当に妹じゃないの?」

「姉は居るけど、妹はいねぇーよ。親に聞いてくれ」

 アコライト(僧侶見習)のキャラクターをやっている、ゲーム中でレーコ、本名も玲子さんが見かねて話し掛けてきた。彼女とは何度も話をしたことがあり、たまに冒険もいっしょにやる仲だ。密談用のチャットで簡単に事情を説明すると、義憤に駆られたのか結構な剣幕で相手に突っかかっていった。

「ちょいあんた、人が嫌がってるんだから行くのやめなよ」

「妹がお兄ちゃんの所行って何が悪いのよ。 私とお兄ちゃんはね、前世からずっと一緒になるって決まってたんだもん」

「「前世ッ!?」」

 総司は再びディスプレイに向かって叫び、また反射的にキーボードを叩いていた。玲子のメッセージとシンクロしていた。だが、彼等の心の叫びが届かなかったのか、少女は勝手に、“前世”について語り始めた。二人は愛し合う兄妹でありながら、魔女の秘密を知ってしまい、そのために離れ離れにされてしまったと。だが、前世からの約束で巡りあうことが出来たのだと。そして、世界を救うために、救世主を見つけなければ成らないそうだ。

 脱力と言うか、理解不能の領域に達した彼女に対して、総司は掛ける言葉は見つからない。玲子と密談を試みるも、彼女も戸惑っていた。初めて相手にする手合いだという。総司は心から、こう言う手合いを相手したことのある経験者を望んだ。それが彼にとって、何よりの救世主であるからだ。

「ちょっと俺は他に用があるから今日はこれでいいかな」

「うん、お兄ちゃん、行ってらっしゃい」

 玲子と一緒に、逃げるようにその場を立ち去ろうとする。が、TUKIMIYAからのプライベートメッセージがディスプレイに表示される。

「そのアコは魔女なのよ! お兄ちゃん、そんな奴のところに行かないで!!」

 邪魔をされたから敵、ということだろう。他にも何か言っては来るが、総司は無視を決め込んだ。そして、ゲームの回線を切った。すぐに寝ようとおもったのだが、携帯がメール着信の曲を奏でたため、ゾクリとして慌てて手に取る。奴め、まさか携帯まで調べたんじゃないだろうな、と不安がっていたが本文を見て安心した。先にアドレスを教えていた玲子からだった

「家は離れてないし、アイツとoff会するより私としない?」

 彼女とは家が近所である事は前から知っていたが、携帯の番号までGET出来るとは思ってなかった。さすがに、いきなり家を教えるような非常識な事はしなかったので、それだけでも十分、“電波”な妹とは月と炭疽菌ほども違っていて、安心した。総司は丁重にOKの返信をした。

 後で知ったのだが、このゲームの個人情報管理の悪さは、天下一品だったらしい。もとよりバグの多いお試し公開期間でも在ったので、本名や実の住所で登録した人間はむしろ少数派である事を知り合いから教えてもらった。ネットの世界に長くない総司にとって、そんな作法は寝耳に水の話だった。

 さて、当日の夜である。何も起こらなかったら玲子さんとのデートだと、総司は少しははしゃぎ気味だった。相手は頭のおかしい奴だから…と、本心から来るとは思っていなかったのだ。提出期限の迫ったレポートに手をつけていると、アパートの前で、自分のキャラ名(思いっきり、日本人名前じゃない)を連呼されて慌てて飛び起きたのだ。携帯で警察を呼ぶ準備をシッカリして、ドアの覗き穴から表を探った。万が一、本当に押しかけてきた時にはすぐに警察に突き出してやろうと思っていたのだが、彼は考えを変えた。

 好みだったのだ。彼女の姿が。自分の肩ぐらいの身長と三つ編みお下げの黒い髪、少し大きな瞳と愛らしい口元、心持ふんわりした頬と、形のよい胸。お召し物は空色のワンピースにフリルというお嬢様姿である。思わず欲情してしまった彼を誰が責めることが出来ようか。総司は、気前良く彼女を部屋に、あげた。

「へぇー、ここがお兄ちゃんのお部屋なんだぁ……… 私、男の人の部屋に上がるの、初めてなんだぁ」

 貧乏学生の総司の部屋は、片付いているというよりもむしろ、テレビや本棚が辛うじて在るぐらいで、何も無い部屋だった。机の上にはレポートをやりかけたノートパソコン。ADSLにはしたかったので、電話は格安で取り付けてもらっている。人目につくとやばいものは押入れに突っ込んである。

 少女の、無邪気な反応に、彼は少し戸惑い、また不埒な妄想を逞しくしていた。すらりとした背中には、薄っすらとブラが透けて見えた。

 少女はくるりと振り返って総司の方を向くと、慌てる総司に向かってあどけない表情を見せた。

「それじゃぁ早速、儀式を始めましょう。 魔女を倒すには、お兄ちゃんと私が、セックスする必要があるの」

 え? 総司がきょとんとしていると、少女はしゃがみこんで、彼のズボンをズリ下ろした。既に勃起し、先走りの液でパンツを濡らしたペニスがアレよと言う間に取り出されるや、それは少女の口の中に収まった。

「うぉっ!?」

 否定も、拒否も出来なかった。がくりと腰が砕け、ベッドの上に座り込んだ。オナニーでは感じた事の無い、素晴らしい快感が襲い掛かってきたのだから。

 亀頭の上は何度も何度もキスの雨が降り、ちろちろと、竿の付け根から先端まで、丁寧に舐め上げられた。五本の指が、それぞれ別の生き物の様に、太ももや陰嚢の敏感なところを遊ぶ。

「前世でいっぱいしてくれたから、お兄ちゃんの気持良いところは、全部知ってるんだよ」

 少女の指が、総司の会陰をなぞる。そして、ゆっくりと菊座の方へと愛撫が進んでいく。ひっ、と総司の全身に震えが走る。快楽のために触れた事の無い場所が、性感帯として目覚めさせられていく。

「うっ、ひっ、ひっ………」

 情けない声を総司は上げてしまっていた。亀頭の先をちゅばちゅばとキスされながら、末端を舌で突付かれる。指が竿を扱き、輸精管をなぞられ、アナルの中にも、次第に指が侵入する。 睾丸が徐々にせりあがるのを、総司は感じていた。

「あ、止め……… 出る………」

 膨れ上がった射精感に耐えられず、思いっきり果てた。素晴らしく濃い精液が出て行くのを知覚した。暫くは到達した気だるさに身を委ねていたが、満足はしなかった。まだ、身体の奥底に火照るものがある。そして今、彼女は総司に挿入することを促している。

「お兄ちゃん、早くぅ」

 少女は、恥ずかしそうに、仔犬の様に振り向いていた。小柄な身体ではあるが、胸は大きかった。髪の毛は闇の様に黒く、その瞳もどこまでも澄んで、違う世界へと繋がってそうだった。きめの細かい肌は、まだ男が触れたことがないのだろう。女性としてはまだ未熟ではあるが、背徳的な情欲を刺激した。

「お兄ちゃぁん、待ちきれないよぉ」

 桃のように美味しそうなヒップがふるふると揺れる。心なしか、股間からつぅと、透明な汁が零れていった。ごくり、総司の喉が鳴る。ゲンキンにも程があるペニスは既に回復し、挿れたくて仕方がないと言ってビクビクと上下に震えていた。

「本当に、挿れちゃうよ?」

 いきなりバックなのは、多分、やおいな男性愛の本の知識なのだろう。そう思うことにする。

「挿れてぇっ! お兄ちゃん、入ってきてぇっ! 前世みたいに可愛がってェ!!」

 “前世”は敢えて無視する。総司は目の前にある現実、女の中心部以外は見ないことにした。硬くなったペニスは、柔らかな女肉の抵抗など物ともせず、十分に分泌された温かな潤滑油のお蔭もあってずるりと、亀頭まで蜜壷に飲み込まれた。

「ああっ! お兄ちゃンがッ! お兄チゃんが入っチャったヨぉ!」

 熱い肉の壁が、キツく肉棒を締め上げる。硬い男の指とは全く違う感触だ。先ほどの少女のフェラも刺激的ではあったが、女の胎に入っているという事実が、総司を異常に興奮させた。

 粘膜が滑っている。もっと奥まで、ペニスの付け根まで温もりに浸って居たかったが、なかなか先には進めない。妙な抵抗があった。総司はぐっと、腰を入れて強く押し込んだ。勢い良く、ペニスはその全てが少女の中へ埋没した。射精してしまいそうな強力な刺激が彼の脳を直撃する。

「ひゃぁんっ! 痛いっ! でも、きっ、きもちぃい!! 痛きもちイイっ!!」

 愛液とは異なった、生暖かい液体の感触が彼のペニスを包む。破瓜の血が流れているのだ。彼女にはかなりの痛みが走ったはずだ。だが、彼女の脳は、今のシチュエーションだけで十分、イってしまっている。自分が挿入している事実が彼女の喜びであり、脳は感覚を性感として転化しているのだろう。

「動いても、良いんだね?」

「うごいぃてぇっ! お兄ちゃん!! 私で気持ちよクなってェっ!!」

 歓喜に酔った少女の声は、今まで見たどんなAVよりも彼を興奮させた。だが、彼自身、これ以上興奮してしまうと、さっき出したばかりというのに、あっさり放射してしまう。もっともっと、彼女の身体を堪能したかったので、深呼吸をして自分を落ち着かせる。

「うひゃぁあああんっ! すごぃっ! すゴいよ お兄チャん!! 私のオナカ、爆発しそう!!」」

 ずんずんずん、と勢いを増して総司の腰は動き続ける。これはもう、男の本能のようなものだ。だが、普通の処女なら、痛みで泣き出すか、男を蹴飛ばしてもおかしくない状況だ。だが少女は、本当に感じていた。まるで前世に開発された性感帯が、今ここで呼び覚まされているかのようだった。膣の中も、子宮の入り口も、初めてでは刺激されようの無かった場所なのに、彼女は狂おしいほど感じていた。

「ああっ、ああっ! おニぃチャン! おにィチャンンン!!」

 彼女の嬌声が耳に響く。初めての触覚的効果に加えて視覚的効果、そして聴覚と刺激されると、先ほど出したばかりだというのに、下腹部に忌々しいほどの圧力がかかる。

「で…でる」

 ぶしゅっ、ぶしゅぅっ………精液が、これでもかと発射される。少女の膣内に熱い迸りが満ちていくのを、彼自身も快ちよく感じていた。彼女の膣も、嬉しそうに収縮し、優しく彼の分身を抱きしめていた。

「せっ、せーしぃぃぃ……… おにぃちゃんの……… せーしぃーーー」

 ひくひくと、少女は快楽の絶頂で痙攣していた。身体が自分の意にならないのに、彼女の顔は満足げで、少々誇らしげだった。身体を放すと、彼女の股間には散った純潔の赤と精液の白が混ざり合って、不思議なコントラストを描いていた。ボぉとする頭で、総司はそれを拭った。

 ゴム、し忘れたな。そうは思ったものの、急に襲ってきた睡魔に、飲み込まれていった。

 翌日、ベットの中で、自分の腕に頭を預けて安心そうに眠る少女の黒髪を愛しみながら、どうしたものかと思案に暮れた。やってしまった以上、自分に責任があるだろう。だが、今の状況を考えるに、ひとまず起きて、レポートはこなさなきゃならない。現実逃避として、現実問題に手をつけることにした。

 学生の本分を忘れることは出来ない。気づかれないようにシャワーを浴びて、「すぐに帰るから」と書置きをすると、近くのミスドまで出かけることにした。

「あのぉ………宗像さんですか?」

 オールドファッションとコーヒー一杯で3時間粘って、昨日の疲れも出て少しうとうとしかけた頃、女性が声をかけてきたので総司は飛び起きた。髪の毛の長い、ぱっと見、アイドルでもやってそうな感じの楚々とした女性だった。思い当たる節は一つしかない。

「あ、えー……… レーコさんですか?」

 待ち合わせ場所にしていたのを、すっかり忘れていた。その返事を待っていたかのように、玲子の余所行きの表情は瞬時に崩れて、仲間内の屈託の無いものとなる。

  「もー、私、何度もメールしたのに、全然レスしてくれないんだもん」

「そ、そうみたいだね」

 堅い顔のまま、総司はおもむろに、再チェックのつもりで着信をチェックする。昨日の情事の最中、玲子さんは心配のメールを何通も送ってきてくれていた。何してるんだろう自分は、申し訳ない気持で一杯になる。

「や、昨日は何にも無かったんだよ。マジで……… 」

「あーもう、ってことは、私は心配損ってワケねー………この償いはしてもらわなきゃ」

 意地悪そうに、しかし、玲子は総司の反応を一々楽しんでいた。

「奢ってくれるんだよねー?」

 総司の心を覗き見するように、上目遣いでお願いされると、後ろめたい気持で一杯の総司に、断るなんて出来なかった。もし先日のことが無かったなら、酔わせてそのままホテルに連れ込んでしまった所だろう。

 夜9時、彼等の姿は総司の馴染の焼き鳥屋に行く途中、少し薄暗い通りに在った。途中、コンビニに寄って少し胃の中を軽くしていた総司は、缶コーヒーを啜っていた。玲子さんは千鳥足ながら、ご機嫌の様子で彼についていった。

 総司の懐はかなり寂しくなっていた。玲子は見かけに寄らず、かなりの酒豪だった。生ビールから始まって、梅チュー、カルアミルク、ジントニックにサイドカー。すぐ後に玲子がブランデーのロックを頼んだ時、総司は漸く過ちに気づき、もっと安い酒場かカラオケにと、場所を変える事にしたのだった。玲子の意見で飲みになり、総司は焼き鳥屋を選んだのだった。

「すごいねー コンビニのトイレ洋式だよぉ。うち和式だから酔ってるとすーぐ足突っ込んじゃ・・うっ」

 急に、声が足元へと下がっていった。酔いつぶれてしゃがみこんだのかと思った総司は、心配げに振り向いた。

「もうお酒はやめたほうが・・・」

「お兄ちゃん大丈夫?」

 一日聞かなかった声が、主と共に在った。彼女は警棒を持ち、玲子は右手を押えて、うずくまっている。吐息が届きそうなほど近づいていたのを、総司は感知できずに居た。急に目隠しをされた気分だ。

「お兄ちゃんそいつは魔女でしょ?だって魔女の名前で呼んでたもん」

 警棒で玲子の頭をこづく。玲子は痛みで唸リ続けている。総司は呆然とするばかりである。ゲーム中の名前と大差ないので、彼女は玲子を魔女と決めつけたのだろう。一言で言えば修羅場であるが、並みの修羅場ではなかった。殺気と言う奴が実在する事を、総司は肌で感じていた。冬の寒風の様に冷たく、墓場の様にゾクリとする空気が、総司の周りに漂い、そして玲子の周りにまとわりついていた。奴は、玲子を、殺す気だ。

「今そいつ殺すから」

 凍りつくような瞳のままに、警棒を上段に構える。そのまま、おもいっきり、彼女は玲子の頭に振り落ろす。スイカ割りの要領だ。総司は慌てて、持っていたカバンを盾にする。衝撃が、景気の良い音になって夜の闇と総司の膝に響く。

「お兄ちゃんどいてッ! そいつ殺せない!」

 金切り声を上げながらの連打。正気なら手加減するだろう警棒での連打は、全くもって殺意の塊であり、一撃一撃は少女の力とは思えぬほど重く、かといって痺れかけた腕でカバンを支える以外、総司が出来る事は無かった。

「思い出してよぉ、魔女の名前を!」

 どしん、頭に強い衝撃を受けた。勢いに負けた隙を突いて、少女の一撃が宗像に命中したのだ。眩暈とともに目の前が真っ暗になる。が、澱む視界の向こう側に、少女の骸と勝ち誇る魔女の姿が目に付いた。前世で最後に見た風景だった。

「………ケザイア………?」

 宗像は思い出してしまった、魔女の名を。そして前世を。兄妹ながら愛し合った二人。村八分にされながらも、ひっそりと肩を寄せ合って幸せに暮らしていたあの頃。だが、ふとしたきっかけで、魔女が邪悪な神を呼び出そうとしていることを知ってしまう。魔女に狙われながらも、世界を救う方法を求めて旅をした。そして、後1歩という所で魔女に見つかったのだ。魔女とは相打ちになり、そして今、運命の歯車の玄妙不思議な法則により、三人は転生した姿でここに集ったのだ。

 玲子が立ち上がろうとしていた。影から這い出でるかのような、不自然なモーションだ。

「思い出したのね、忘れておけば長生きできたのに」

 異様な発音で、玲子は呟いた。棒読みとも違う、九官鳥やインコが人間の言葉を真似するかのような、人外の発音だった。そして、彼女の身体はギクシャクと動き、先までの伸び伸びとした女性の動きではなくなった。彼女の皮膚が着ぐるみで、全く予想のつかない生き物が潜んでいるかのようだった。

 そして、事実そうだった。総司がほんのちょっと前まで触れてみたいと思っていた彼女の乳房が急に伸びて、妹を襲う。もうそれは胸とは言い様がない、敢えて言うならイカが獲物に向かって触手を伸ばした感じだった。

「オ前たチを滅ボせバ、世界ハ私ノモのダ」

「そんなこと、させないもん!」

 警棒と見えたのは、実は 聖剣だった。清しい白銀の光を発しながら、魔女に振り下ろされる。だが、魔女も真っ黒な闇を漂わせて、攻撃を受け流す。総司は日常の壁を突き破り、異常の世界に迷い込んだ事を痛感していた。ここはもう日本ではない、むしろゲームの延長線上にあった。

「兄の前デ、淫欲ニ溺れテみルかィ?」

 一瞬の不意をついて、魔女の足が妹に絡みつき、衣服を溶かしながら、蔦が支柱を這い上がるかのごとく、彼女を瞬時にガンガラ締めにした。少女の肢体は外気に晒され、縛られた柔肉が白いボンレスハムを思わせた。

「ああっ! だめっ!! そんなぁっ!!」

 少女の乳房に、ドロドロとした太い血管のような緑色の管が這う。少女の肌に潜り込んでいるのが判る。総司が弄び損ねた少女の乳房の先端にも、乳腺を犯すかのごとく、魔女の末端が突き刺さっていた。痛々しくもあり、忌まわしくもあり、そしてまた、美しくもあった。

「イくヨ」

「うひぃいいいいいいいいいいっ!」

 空気が震えるのを、総司は感じた。少女の叫びが夜の闇を裂いたが、震動はまだ収まらない。彼女を覆う魔女の肉体が、バイブの様に震えているのだ。痛みを堪えるように、少女は顔を顰めるが、身体から分泌される脂汗と次第に高揚し、朱に染まっていく彼女の全身は、総司が昨日見たものと寸分違っては居なかった。

「ああぅうぅうううっっっ……… うぅんんっ………」

 鼻から抜ける吐息に、段々艶が入っていく。彼女の胎内にも、触手は這いめぐらされ、そして同化し、神経に強制的に快楽の信号が送られているのだ。妹が精神の中まで犯されていくのが、総司にも手に取るように判った。だが、判っただけでどうすることも出来なかった。

 総司は立ちすくむだけだった。何も出来ない無力感が、指一本動かす気力すら奪い去っていた。どうして先ほど、本気で彼女を殺そうとしたのか漸く判った。殺気で一杯の攻撃を叩きつけなければ、殺す事の出来ない相手だったのだ。どうして彼女を庇ってしまったのだろう。一つ歯車が壊れただけで、全ての運行に狂いが生じ始めている。

「お兄ちゃん……… お兄ちゃン……… オにィちゃン…………」

 助けを求めながらも、恍惚に咽ぶ妹を、どうすることも出来ない。本能が敗北を悟っていた。ただただ、見守るしかなかった。一瞬でも良い、隙が出来れば一矢報いるつもりだったが、その一矢に対して、魔女は慎重だった。前世と同じ轍は踏んでくれそうになかった。

 絶望的な睨みあいの中、妹の腹は、段々と大きくなっていく。魔女から生じる粘液が、少女の体内に流れ込み、魔女と同じく、ニンゲンとは全く違うものへと変貌していくのだと、総司は直感した。奴は、自分たちを眷属に加えるつもりだ。それならばいっそ…舌を噛み切ろうと決意した。

 少女の腹が割れた。総司は自決しなかった。妹からは血液も内臓も出て来はしなかったのだ。ただ金色の光が天上を突き抜けるかのように放たれた。

「シまツた!」

 魔女が絶望の声をあげた理由が、目前にあった。それは人間に似ていながら人間ではなく、不吉な感じはさせない、奇妙で神々しく、畏怖すべきだと前世の記憶が囁いた。

「コイツが………救世主………」

 自分の精液と、妹の愛液の混合により精製された新たな命。魔女が怖れ、排除したかった存在。魔女は闇雲に打って出たが、攻撃が届く間もなく、耳障りな声を発した。絶望と苦悶と怨念の叫びだった。

「うぉおおおおおおおぅっぅぅっうつつうううううぅううぅううっっっっ!!!!!!!」

 絶叫の後には何も残らなかった。魔女は魂を吹き飛ばされ、その一切は無に帰した。

「今から……… 世界を……… 救済します………」

 妹の声で、その存在は言った。耀きは次第に強く、激しくなり、辺りは燦々とふりそそぐ光の海へと飲み込まれていった。アスファルトの道路も、コンクリの塀も、一家団欒の最中の家々も、全てが赦され、全ては物質の器から解放され、光と同化していく。

 誰も、何も出来ぬままに、町全体が光に覆われた。いや、すぐにでも日本ぐらい飲み込んでしまうだろう。そしてこの星を、太陽よりも強く輝きながら、宇宙の闇を照らし、覆っていくのだろう。

 総司の意識は光と共にあった。光りの拡大と共に、自らも膨れ上がっていくのを感じていた。だが、後悔の念もあった。自分が、彼女を抱かなければ、玲子さんも魔女になる事は無かったのかもしれない。自分も、前世を思い出すことは無かったのに。

 光は宇宙の全てを飲み込むと、やがて、逆の経過を辿った。飲み込んだ全てを、吐き出し始めたのである。宇宙も、銀河系も、冥王星も、月も太陽も、地球も、アフリカも、中国も、日本も、そしてこの街も、妹も、玲子も、順を追って再生を果たした。だが、前と何が異なっているのか、総司にははっきりとは理解できなかったが、少なくとも玲子からは、魔女の力は失われているのだろう。

 総司の姿は新たな世界には見当たらなかった。だが、彼が目を閉じると、前世の様がありありと浮かび上がった。これから死ぬまで、前世の記憶が走馬灯の様に繰り広げられるのだろう。宗像は極自然に、自らの運命を受け入れた。

 ビクビクと、総司は震えていた。彼の身体は純白のベッドの上に横たわり、喉や鼻や腕からは幾つもの管が、彼の命を永らえさせるために、栄養と酸素を補給し、老廃物を排出するさまは、まるで小さな工場のようだった。

 病院の面会時間は既に終わっている。が、彼のベットの傍には、一人の女性が真剣な面持ちで、反応を返さぬ彼を見つめていた。総司の姉の、久美子だ。大人びた顔立ちであるが、看病疲れだろうか、目にははっきりと隈が出来、頬は病人の如くこけていた。

 少女の攻撃で気絶した玲子の通報により、病院に連れて行かれたときには、総司の頭蓋骨は少女の一撃で完全に陥没してもはや手遅れの状態だった。少女は現在行方不明で、三ヶ月経った今でもその行方は知れていない。警察が調べを開始したときには、ネット上の痕跡も一切消されていたのだ。

 宗像総司は一命は取り留めたものの、外界からの刺激に一切反応しない植物人間になってしまった。しかし、医者たちは悩んでいた。総司の脳は、通常の生活をしているかのように活動しているのである。故に脳死ではない、だが、生きているとも言えない、夢の中に陥った青年に対して、延命処置以外の治療は不可能だった。

「ごめんね」

 家計を圧迫するだけとなった総司に、なけなしの酸素を補給する管が、姉の手により取り外された。


???