お兄ちゃんどいて そいつ殺せない 〜Nymphomania Acolyte Root〜

 

「お兄ちゃんっ! お兄ちゃんっ!! 魔女なの? 魔女が居るのっ!? 開けなさいっ!」

 ドカドカと物凄い音を立てる扉に向かい、宗像総司は携帯電話を突きつけていた。電話の先は近くの警察、見知らぬ輩が家の入り口を破壊して侵入を試みていると通報したものの、警察は半信半疑である。笑い話になりそうなほどの異常な事態に、なかなか理解を示してくれず、むしろ痴話喧嘩に警察を呼ぶな、といった態度が見え隠れして、どうにも腹を立て始めた所だった。

「開けてッ! 開けなさいッ!! 開けぇっ!! 開け開け開けぇっ! 開け開け開けェっ!!」

 家賃の払いが滞っている身なのに、ドアなんか壊された日には追い出されかねない。切羽詰った状況だからこそ、奴が、扉の向こう側に居る存在が室内に潜り込んでくる想像などしたくは無い。まま成らぬ警察とのやり取りも総司の心の支えになっていた。もし、警察が難色を示して電話を切ろうものなら、彼は非現実の世界に一人取残される。

 外の声は段々と狂気じみて、悲鳴というか叫びというか、言葉として判別のつかないものになっていく。喉が潰れる事も厭わず、少女は周囲の迷惑も顧みずに叫び続ける。ホラー映画で女優が上げるような、過剰な金切り声が響く。ドアを隔てているにも関わらず、総司は頭蓋骨にドリルで穴を開けられているかのように感じていた。怪物に追い込まれて泣き叫びたいのは自分の方である。

 事の起こりは、ネットのゲームでる。知り合った、というのは少々語弊があるかもしれない。今、アパートのドアを引き裂かんとしている輩は、ゲームを離れての面識は、総司には無い。彼女の本名すらしらない。ただ、何かのキャラクターの"TUKIMIYA"という名前と、異常なほど、自分に執着している事しかわからない。無論、何故彼女が、“お兄ちゃん”なんて呼ぶのか、見当もつかないでいた。

「魔女メッ! ソッチがそノ気ならコッチも考えが有るゾっ!
 てぃービ まグぬゥむ イのみなンどぅーム!
 しグな すテらルむ にグらルむ ヱ ぶフぁーにふぉーるみス さドゥクえ シじルムッ!!


 敵はとうとう呪文を唱えだした。総司は本気で、親と姉が迎えてくれる実家が恋しくなった。それでも、奴が魔女と言っている、玲子さんのことを思い浮かべて冷静さを取り戻す。彼女のもまたゲーム上での知り合いであるが、無論、こんなキ印とは違って普通の人だった。ファンタスティックな奴等ばかりだったら、とっくの昔にゲームもネットも止めていただろう。ゲーム内で付きまとわれているだけで、実害が無かったのだ、ほんの数日前までは。

 三日ほど前、TUKIMIYAが「コミケに行きたい」と言い出した。総司にはエロ同人誌の即売会ぐらいの意識しかなく、どうして女性の彼女がそんなところに行きたがるのか見当がつかなかったのだが、「兄が妹を泊めるのは当然だ」と訳の判らない主張をする。いつもの如く聞き流していると、彼の所在を言い当てた。ゲーム会社の、個人情報の管理不徹底。それを知ったのはかなり後になってからである。

 そのときに玲子に、かなり世話になった。相手のメルヘン(総司とは前世で兄妹で、魔女に仲を引き裂かれた、云々)を聞いてもらい、それはそれで説得したつもりになっていた。お蔭で相手からは魔女の手先だのと目をつけられたのだが。何事も起きなかったら、明日は玲子とお茶でもする約束だった。来るはずが無いと高を括って、少し舞い上がっていた総司は、今恐怖のどん底にある。

 暖簾に腕を押していたかのような警察の態度が、急に軟化した。すぐに駆けつけてくれるそうだ。総司はホッとした。恐らくは、他の住人の苦情が届いたのだろう。隣近所との付き合いは多くは無いが、これからは、近所の迷惑にならないようにしよう。ゴミの日はちゃんと守ろうと、心に誓った。

 玄関の前が騒がしくなった。警察と奴がもめているらしい。耳をドアに押し当る。

「私のお兄ちゃんが魔女に捕まったの! 警察なら、早く魔女を捕まえて死刑にしてよ!」

 もはや、どこを突っ込んでいいやらわからない。携帯がけたたましく鳴って一瞬呆けた彼の意識を引き戻す。警察署の方に総司が居る事にしたいという口裏合わせの相談の電話だった。他に手段も無いことは百も承知しているので、総司はそれに同意した。警官は困惑しまくっていたが、何とか、宥めすかして少女を保護する事に成功。ドアに気配がなくなってから、漸く、彼は外に出る気になれた。

 警察署で、総司は初めて、事の原因を見た。自分を“お兄ちゃん”と呼ぶ存在。見た目はそれほど醜悪でも不恰好でもなく、むしろ可愛い部類に入るだろう、三つ編みの愛らしい、上品そうな少女だった、かもしれない。手足を振り回して暴れつつ、泡を吹きながら、異常な言葉を喚く姿でなかったならば。



 翌日、総司は事情徴収にやつれた顔で、ミスドの一席でやりかけのレポートをこなしていた。眠いながらも黙々と作業を続けていた。一つには、昨日ぐらいの突発事故では不提出の言い訳には成らない現実がある。「社会に出た時、最も大切なのは締め切りだ!」とは担当教官の口癖である。

 もう一つには、今朝、早速、敵が親元から逃げ出した事を、その親御さんから連絡を受けた事だった。先日、わざわざ隣の県から駆けつけて、何を言うかと思えば保身の話だった。めんどくさくなっていた総司は適当に返事をして別れたのだが、朝には早速逃げ出したそうだ。鎖でもつけておけと心の中で憤ったがもう遅い。警察は既に動いている。総司はブルーにならないように、悪い考えを頭から追い出す事ぐらいしか出来る事は無い。無心でシャープペンシルを走らせていた。

「あのぉ………宗像さんですか?」

 レポートを片付けて、コーヒーで一息入れていると、小奇麗な女性から声をかけられた。小奇麗なのは服装や身なりだけで、本人には“小”の部分は不要だった。すらりと伸びた背と、整った顔立ち。服の上から突き上げるような胸元は総司を眼のやり場に困らせる。一つだけ思い当たる節を、総司は恐る恐る口に出す。

「あ、えー……… レーコさんですか?」

「あー、もーぅっ! 私、何度もメールしたのに、全然レスしてくれないんだもん」

 女性は相好を崩して、打って変って親しげな雰囲気になった。レポートが終わって気が抜けてたのか、玲子と待ち合わせている事をすっかり忘れていたのだ。まさかこんなに可愛い子だとは思ってなかったので、嬉しいやら驚いたやら、コレといっていい服を着てこなかったのもあって動揺してしいた。

 着信履歴を見ると確かに何度も、安否を気遣うメールが入っている。チェックの余裕さえなかったのが本音だが、総司は申し訳なく感じていた。が、それも一瞬の事。

「で、大丈夫だった?」

 口ではそう言って居るものの、玲子の瞳は心配よりも好奇心で輝いている。総司は少しムッとしたが簡単に、成り行きを説明する。夜中に押しかけられて、魔女(玲子の事であると付け加える)に軟禁されているとか何とか言いながらドアがボコボコにされた事。警察にお持ち帰りしてもらい、隣の県から親を呼び出した事。コミケには救世主を探しに行くんだとか、更に訳のわからない彼女を宥めながら、親に、自分に二度と近づかせないよう約束した事などを言って聞かせる。玲子は始終、笑顔で居た。本当に楽しそうだった。

「………それがさ、ヤツ、今、逃げ出して行方不明なんだって」

 玲子は噴出しそうに成るが、慌てて笑いを飲み込んだ。総司は彼女の判りやすい態度に、気がつかない振りをする。

「もしかしたら、そこらヘンに居るかもよぉ〜」

「洒落にならないよ………」

 おどけて見せるが、総司はおかんむりである。

「ま、しょげてないで。ほら、こんな美人同伴で飲みなんて、そうはないでしょ? 行こ!」

 自分で言うのはどうかと思ったが、確かに玲子は美人だった。雑誌のグラビアを飾っても不思議は無いほど、表情が豊かで、スタイルも良い。よく透る声は是非ともカラオケで歌を披露して欲しいと思わせた。恐らく、パッと出のアイドルなら裸足で逃げ出すことだろう。

「美味しい焼き鳥屋、知ってるからそこ行こうか?」

 立ち上がりざま、総司が行き先を告げると玲子は嬉しそうに頷いた。総司も思わず笑顔になる。鞄にレポートを突っ込んでそそくさとミスドを後にする。外に出たとき、総司は少し震えを感じたが、玲子を連れて歩く、武者震いだと感じた。

 焼き鳥屋は、表通りから少し離れたところで、取り留めの無い話しを交わしながら歩く。少しでも現実逃避したい総司であるが、玲子が酒好きである事ぐらいしか、語り合えなかった。いつもの道をブラブラ歩いていると、人通りの少ない、所謂ホテル街に出る。

「初めてのデートで、逢ってすぐにコンなトコ連れて来るんだ。手が早いねぇ」

 玲子の呟きを、嘲りの混じった声だと、総司は感じた。二心の無かった彼は赤面する。普段は一人か、男連中と通っているので意識した事が無かった。今は男女二人連れ、ヤる気がなければ避ける道だ。気の利かなさに自己不信になる。

「いいよ」

「え?」

 思いがけない言葉は、聞き返すだけ野暮だった。二の腕を掴んで、猫のような眸で総司を覗き込んでいる玲子を見れば、彼女が何を望んでいるのか、奥手な総司でも良く判った。

 夢心地でフロントでキーを受け取り、自然と、服を脱いで、シャワーを浴びた。温水を全身に浴びても頭の中は真っ白だ。熱に浮かされてるかのように、現実感の無いまま、彼はベットに腰掛けていた。

 シャワーの音が部屋に響く。玲子が体を清めている。彼女の脱ぎたての服や下着が、駕籠の中に収まっていた。一々物色する暇は無い、カチコチに緊張して、総司は、玲子が出てくるのを待ちわびていた。

「おまたせー」

 湯気を立ち上らせながらバスルームから出てきた玲子は、胸元でタオルを巻いただけの、コケティッシュな姿だ。ボディソープの香りが、部屋中に広がる。胸にはしっかりと谷間が出来ているし、腰元はヒップで膨らんでいる。すらりと流線を描く両脚は大理石の彫像の様に美しかった。女性は曲線で成り立っているんだと、総司は感心する。

 玲子はにこりと笑うと、恥らう素振りもみせず、総司に飛び掛った。総司は混乱する。豊満な乳房が、体に密着する。胸だけではなく、細い腕も、くびれた腰も、長い脚も彼女の全てが干したての布団の様にフワフワである。黒光りする長い髪が彼の肌を滑り、リンスの良い香りが彼の鼻腔をくすぐる。

「ん、じゃ、やろか」

 意見を言おうとする総司の唇を自分の唇で塞ぐ。仰向けでしどろもどろの総司に頬を寄せながら、普通なら男がやるはずの額や鼻への接吻を、彼女は積極的に行う。そして、苺にも似た舌が、総司の唇をなぞる。甘い痺れが、彼の身体を支配して行く。

 舌を絡ませる、なんてことは総司には経験が無い。キスは唇でやるものだと思っていた彼に、玲子の舌は積極的過ぎた。総司の咥内へと潜り込み、唇は唇で、チロチロと彼の唇を愛撫している。狭い領域で行われる、豊富すぎるテクニックに、総司は目を白黒させた。あまりの心地よさに声も出ない。

「見たところ、あんまり、した事無いでしょ? もしかして初めてだったりとか?」

 さきほど総司を脅かした、悪戯っぽい言い方で総司の心を抉る事を言う玲子。図星である。頬が引きつるのを感じたが、恥かしかったので、総司は明言を避けた。

 むろん、それが彼女に伝わらないはずが無い。小悪魔的な笑みを浮かべながら、玲子はくるりと体を変える。総司の顔を跨ぎ、自分の恥部を見せつけるように振り動かす。

「ほれほれ、ホンモンのオマンコだぞぉー」

 濃い汗の匂いが漂った。二つの花弁がしっかりと見えた。桃色、いや、恥らう乙女の頬の色か。刈りこまれた草むらの奥に、まさに“秘所”が綻びかけている。正に宇宙の神秘、大自然の脅威。

 舌を伸ばしても、ギリギリの位置で届かない。首を起こそうにも、膝で肩が抑え込まれているので、もどかしさが募る。暫くお預けが続いたが、先に動いたのはやはり玲子だった。

「ふふふ、じゃ、先に頂いちゃおうかな」

 ぺちゃり、何かが彼の先端に吸い付いた。最初、総司は何をされているか判らなかった。だが、すぐに予想はついた。口唇での愛撫を、玲子は始めていた。こそばゆい刺激に、総司の内腿に力が入る。

「ふっふっふっ。じゃ、こういうのはどうかなぁ」

 総司の反応に気を良くしたのか、玲子は責め方を変えてくる。舌よりも柔らかいものが男性自身の先に触れる。指でもなさそうだ。弾くように、もしかして、そう思うと興奮で肉棒は余計そそり勃った。玲子は自分の乳首で、亀頭を突付いていた。彼女も、その刺激を楽しんでいる。

 乳肉が硬く熱い肉棒に触れる。玲子の口からも吐息が漏れる。玲子も自分の行為を楽しんでいた。総司の一物はぐんぐんと大きく硬く太くなり、実戦で使用できるまでに、いきり立っていた。

「じゃ、そろそろ舐めてみる?」

 玲子がゆっくりと、腰をおろして行く。待ちわびた部分が、段々と総司の顔へと近づいて行く。一連の行為で、既にぐしょぐしょに湿っている部位は熱気でむせ返るほどだ。総司は余りの事で、一瞬

「強くしちゃ、ダメだよ」

 恐る恐る、舐める。海の水に近い味だ。

「んッ」

 鼻に抜ける声が、艶っぽい。焼けるように熱い汁が、彼の舌に纏わり付く。粘度の高さに総司は驚かされた。切れ目の開始の、とがった部分がクリトリスである知識は、彼にもあった。女体の中で尤も敏感であるという知識が、彼にはあった。夢中で舐めた。そのたびに、女体は悩ましく揺れ震える。快楽に打ち震える。その原因が自分にあると思うと、総司は妙な万能感を覚えた。

 張りがあり、ふくよかな太腿に頬を寄せながら、彼は指を秘窟へと這い寄せる。耳たぶに似た感じの小陰唇をなぞりながら、粘液に溢れた泉に、ゆっくりと挿入する。指の腹に数の子でも触っているかのような心地よさを感じると、きゅぅっと、締め付けてくる。

 上下の口での交歓が、どれほど続いただろう。玲子は跨ったまま、彼の方に体を向ける。陶酔した表情が艶めかしかった。総司も、似たような顔をしていた。玲子は身体を向けただけでなく、彼の分身を、先まで彼の舌が遊んでいた場所へと誘う。総司の指が入った場所に、今度は彼の分身を飲み込むつもりだ。

「見えるかな? 玲子のアソコが君のアソコとキスしてるの」

 熱い汁が肉棒に垂れ落ちてゆく。それが、ぺしゃりと、引っ付いた。細かな口づけが繰り返されている。総司は興奮で息も絶え絶えだ。

「ほらほら、入っていくぞぉ〜」

 少しずつ、腰を下ろしていく玲子。口とは違う、もっと優しく、もっと甘い感触。指で感じたのとは違う、身体が燃え上がるような感覚。ゆっくりとであるが、総司の分身と意識は完全に、彼女の胎道に埋没した。

「痛ッ?」

 総司はうめいた。怒張しきった男根は、騎上位の玲子では角度が合わないのだ。玲子は立てていた体を、総司に密着するように寝かしつける。ペニスの角度は鋭角を描き、痛覚ではなく快感が広がっていく。彼女の豊満な乳房が、総司の胸に押し付けられ、つきたての餅の様にひしゃげて、彼の身体に密着する。

「ふふ、これで痛くないでしょぉ………」

 玲子はそう言いながら、器用に腰だけを揺する。身体と身体が触れ合って、波に揺れているようだった。女性の肉体特有のしっとりとした柔らかさと冷たさを、総司は感じ取っていた。

 濡れた瞳が、テラテラと輝いている。薄っすらと湿った唇が、肌が輝いている。淫靡この上ない長めだった。乳房に埋まった総司の乳首と、玲子の腫れあがっているほど膨らんだ乳首が、擦れ合っていた。誰に教えられたわけでもないが、総司は腰を使っていた。玲子の反応を見ながら、突き上げる。

「あは、ちょっと、いいかも………」

 玲子の感度も上がってきた。先ほどまでの、焦らすような態度は無くなり、彼女自身も歓びを貪ろうと、総司の身体を撫でては、見を擦り寄せて来る。コツが判って来た総司は、次第にじっくりと、それでいて素早く力強く、ピストン運動を展開する。

「あぁ………ぁぁ…………はぁっ…………あゥっ………あはッ………」

 玲子の瞳は、次第にうっとりと、細くなり、総司をからかう余裕も無くなった。次第に、快の波にさらわれる。忘我の表情を浮かべる彼女の貌、そして肉体、その全てが女神の様に美しいと総司は感じた。

「あはっ! あっ………いいぃ……… 総司ぃ………総司のおちんちん、いぃよぉ………」

 溜息とともに、豊かな胸を揺らしながら、玲子は寝言のように呟く。AVではない、演技ではない、本物の感想だ。総司の男性器に勢いよく、更なる血流が流れ込む。そしてなお一層、総司の腰は大きく振り動く。一回り大きくなった感覚を、玲子ははっきりと認識する。

「キモチイぃ! キモチイぃ!! 玲子のおまんこ、気持イイ!!!」

 淫猥な言葉を吐きながら、玲子の体温はどんどん上がっていく。総司もまた、彼女の言葉によって、興奮が上限を突き抜ける。荒い息と、ベッドの軋みが、二重奏のバックコーラスだ。

「あっ、やっ、あはっ、イク イクっ、イクゥっ! イッチャうよぉ、れーこ、はじめてのおちんちんでいっちゃうよぉ!」

 心臓を破りそうなほどの動悸が、眩暈を引き起こす。グツグツと沸騰しているかのように揺れる世界の中、互いの存在だけが実態として認識できた。泣き虫の子供に戻ったかのような、玲子の表情は、すすり泣きながらも愉悦に満ち満ちている。総司の中に溜まり切った激情のマグマも、出口を求めて噴火せんばかりになっていた。

「あ、出るっ…… でるぅっ!」

「あはっ、やっ? えっ、あっ、ぅっ…… ああっ! いくよぉ、いくよぉ、いくふぅっ!!」

 二人は同時に絶頂に達した。震える女穴の最奥に、男のリキッドが土石流の如く音を立てて流れ込む。総司は開放感で一杯になり、頭が焼け付いたかのように、真白に染まった。玲子は、ひとしきり身体を弓なりに逸らす。まるで彼女自身が男性器になって射精しているかのようだった。

 膣の中に撒き散らされた精液は、彼女の愛液と溶け合った。拡がっていく白濁液の温かさで、互いの境界が曖昧になって行く。玲子は総司が萎えるのと機を同じくして、彼の身体に覆い被さる。股間から少しずつ、全身の隔てがなくなって、オルガズムの後のまどろみの中、一つになるのを感じていた。



「すごいねー コンビニのトイレ洋式だよ。うち和式だから酔ってるとすーぐ足突っ込んじゃ・・うっ」

 燃えるような時間はあっという間に過ぎ去って、今は総司の財布が、かなり寒い事になっていた。やっぱり酒は呑みたいと肩に首を預けて甘える玲子に、鼻の下を伸ばしっぱなしの総司が断れるはずもなく、居酒屋に連れて行ったが最後、呑むわ呑むわ。“ザル”という形容が嫌気が差すほど似合っていた。

 既に辺りは真っ暗で、コンビニで呑んだものを吐き出した玲子がまだ飲みたっているのを、少し醒めた気分で総司は観察していた。自分より酒臭い息を吐きながら何を能天気な事言ってるのかと、総司は少し腹立たしかったが、玲子が小さくうめくと急に倒れこんだので驚いた。もう酔い潰れたのかと思って「もうお酒はやめたほうが………」と言った瞬間、後ろから、一言。

「お兄ちゃん大丈夫?」

 少女が一人、佇んでいた。その姿は“鬼”の一字に似ていた。

 生まれて始めて、総司は背筋が凍える思いをした。昨日聞いた声、昨日見た顔、昨日押し掛けてきた存在。今朝方逃げ出したTUKIMIYAが、今、姿を現した。

 手にしているのは銀色で最初は刃物かと思ったが、アメリカの映画でよく登場する、伸縮自在の特殊警棒らしい。玲子は左腕を右手でおさえて、うずくまっている。全く無防備だった彼女を殴りつけるにはもってこいの状況だったのだろう。むしろ、最初から頭を狙わなかったのが不気味だった。

「お兄ちゃんそいつは魔女でしょ? だって魔女の名前で呼んでたもん」

 玲子はゲーム中でも“レーコ”という名前を使っていた。迂闊この上なかったと、総司は心で舌打ちする。が、もう後の祭りだ、相手は完全に、自分の敵を認識している。闇の祭りが始まろうとしていた。

「どうして、そいつと、ホテルなんか、行ったの?」

 言い澱んでいると、先よりもっと深く重い声で少女は呟いた。総司は肺腑を抉られるように感じる。無邪気な表情の中に、嫉妬の炎が滾っている。しかし、いつから尾行けていたのだろう。そんな疑問を浮かべられる冷静さは、今の総司には、無い。

「一つになったの? 私じゃなくて、魔女を選んだの? お兄ちゃん。 お兄ちゃんも、魔女の手先なの? 違うよね、魔女に脅されたんだよね? しないと殺すって言われたんだよね。 仕方なったんだよね。 そうだよね、お兄ちゃん。 だから魔女は兄ちゃんを奪った罰を受けないとね。 私達に付きまとった事を後悔させて上げないとだめだよね。 産まれてきたことを涙やユダレやおしっこ垂らしながら後悔するぐらいさせてあげないとね。でも、罰だから、幾ら謝っても許してあげないんだよね。 そうだよね、お兄ちゃん」

 只でさえ不気味な台詞のに、抑揚が無く、早口だった。だが、総司は無視した。耳に入れようとも思わなかった。「動ける?」と、総司は小声で、倒れている玲子に話し掛ける。彼女を心配するつもりは勿論有る。だが、彼は純粋に人間の声が聞きたかった。返答は、二重の意味で彼を失望させた。「う・・・あぁ・・ぅ」と低いうめき声しか帰って来ない。

「今そいつ殺すから」

 吐き捨てるように、それでいて自然に、普通は出るべきでない言葉を、彼女は言い切った。そして、実行に移そうとする。警棒を振り上げると、少女は何倍にも大きくなったかに感じた。銀色の警棒も、鬼が持つ金棒に見える。二人いっぺんにぺしゃんこに出来るほど、巨大で太くて無情な鉄の塊。

 とっさに、レポートの入った鞄を捧げて割って入った。その瞬間、強い衝撃が肩まで響く。少女とは思えないほどの力だ。憎しみはこれほど人に力を与えるのか。 足を踏ん張って、総司は思った。だが、それも次の痛みが走り、考えはまとまらない。容赦のない、連打が続く。

 彼女が本当に鬼で、本当に金棒でないのが唯一の救いだった。だが、それでも長くは保たなそうだ。鞄が折れそうにしなっている。一撃を喰らう毎に、腕から力が抜けていく。痺れが蓄積されて、段々と、鞄の角度が低くなっていく。

「お兄ちゃんどいてッ! そいつ殺せない!」

 狂気の叫びが夜空に、そして総司の脳に響く。どいて? 自分を殺したくないのだろうか? しかし、彼女が殺せないなら、きっと自分を殺すだろう。いや、彼女を殺して、自分を殺すかもしれない。でも、どけば自分は助かるかもしれない。だが、玲子さんには関係は無い、やっぱり自分は死ぬべきであろうか?

 総司が自問自答の混乱の極みに達したとき、玲子が雄叫びと共に立ち上がった。

「なさすんだこん! でてえあんたなんがさ殺される理由なんがねわよ! あったま来た!」

 初めて聞く訛りだった。いや、あまりの玲子の豹変振りに、総司は開いた口が塞がらなかった。異常な世界から別の異常な世界に、急に移動したように感じた。テレビのチャンネルを換えたかのようだった。ホラーから、コメディへと。そしてすぐにプロレスに移行する。

 怒りに震える玲子は、物凄い勢いで少女にぶつかっていく。少女の方もハッと気づき、玲子の頭目掛けて警棒を振り下ろす。危ない! と総司は叫ぼうとしたが間に合わない。が、そんなことは玲子は百も承知だ。勝負を只の一瞬で決める決意があった。

 フワリと、雌猫のように大胆に彼女の身体は、左へと逸れた。警棒は空を切った。無防備に成った一瞬の隙を突いて、しなやかな鞭のような右腕が、少女の喉に食い込んでいた。所謂、ラリアットである。

「あぐっ」

 間の抜けた声とともに、TUKIMIYAはアスファルトのリングに沈んだ。あっけないほど見事な幕切れだった。玲子が放った、美し過ぎるラリアットは、総司は初めて間近で観るものだった。彼は、子供の頃観ていた、『キン肉マン』の、ネプチューンマンを思い出していた。



「ねねね、ちょっと来て」

 先日お世話になった警察署で、総司は、ぼぉっと、待合室のシートに腰を下ろしていたが、玲子の声に我に戻った。昨日の夜から、現実感が薄い。暴れるTUKIMIYAを抑え込んで、警察を呼んで、奴の父親から何度も何度も謝られた気がする。

「ほら、こっち、ここなら大丈夫っぽいね」

 玲子は呆けている総司を引っ張って、男子便所まで連れてきた。夜中と言う事もあって、人影は無い。便所特有のすえたアンモニア臭が漂う。虚ろな彼の頭は、言われるままに着いて来てしまった。実際、総司は彼女の顔を見ても、あまり、嬉しく成れなかった。自分が一生懸命にあの電波女を捕まえてたというのに、玲子と来たらすっかり酔っ払って、「蛍の光」を歌い上げていたからだ。総司の頭の中でまだループ再生されている。

「よーいしょっと」

 ぷりん、不満を言う前に、彼女の逆ハートの、綺麗なヒップが総司の目に晒された。 パンティには粘度の強い液体が沁みており、その分泌元は先ほどまで総司の分身がその身を浸らせていた部分であることは、容易に想像できたし、事実そうだった。

「あんな事しちゃったから、ちょっと猛っちゃった。 ちょっと鎮めてくれる?」

 パンティを左足に引っ掛けたままの玲子の頬は、朱に染まっていた。羞恥心ではなく、興奮と期待で。

「………マジかよ………」

 そう言いながらも、総司はベルトを緩め、ジッパーに手をかけていた。ぽろりと、彼の分身がまろびでる。確かに彼自身、勃起していた。どっと出た疲れにペニスがバカになっていた。だが、玲子の異常な行為が余計な刺激を与え、今にもペニスは張り裂けそうだ。

「淫乱なんだ……」

「へへへ」

 総司の呟きに、恥かしそうに笑いながら、それでも待ち侘びるような流し目を止めない。本当にSEXが好きなのだろう。彼女の身体は既にしっとりとした汗に覆われている。媚びるような仕草が劣情を刺激する。行為へのスイッチは既に入っていた。

「あはっ…」

 愛撫もそこそこに、後ろから挿れる。不器用な総司は何度も失敗したが、玲子が導くとつるりと粘膜の深淵へと潜りこみ、きゅぅっと締め付けられた。体位のせいか、昼間よりも深くまで届いた。妙な感覚だったがすぐに心地よさに変わる。彼女にとっても喜びであることは、直に見て取れた。

 服の上から、乳房を揉みしだく。ブラの感触が邪魔だ、そう思っていたら、玲子が左手で器用に、ホックを外してくれた。両の手に、心地の良い感触が拡がる。勃起してプリプリしている乳首を擦るように撫で上げる。玲子の全身に震えが走り、彼の分身さえも蠕動が感じられる。

 この娘は誰とでも、こんなことをするのだろうか? 頭をもたげた疑問を、行為に没頭する事で忘れようとする。今だけは自分だけのものだと、総司は言い聞かせる。少なくとも、自分の分身が入り込んでいる間だけは。

「んっ………」

 腰が、本能の赴くままに動く。二人の体が、海草の様に揺れる。その度に性感が高まり、そして一時的に引いて行く。その繰り返しは更なる高い波を呼び、二人を深い場所へと攫い込もうとする。

「総司のって、大きくて、なんだか一杯入ってるのが判るから、好きぃ」

「声出すなよ」

「だって、気持、いいもん」

「声出すなって」

「だってぇ、そーじがぁ、そぉじが、えっちなんだもん」

「俺じゃないよ、お前が淫乱なんだよ。 淫乱、この、インラン………」

「うん、インランなの……… 玲子、えっちなの、おかしいぐらいエッチ、えっちぃ、えっち………」

 会話はいつしか呟きに変わり、呟きはじきに嬌声に変わった。玲子の少し汗ばんだ首筋に、くっきりと頚動脈が浮かんでいる。酸欠になりがちな脳に血を送る生命線に、総司は舌を這わせた。程よい弾力が、舌を押し返す。

「あっ、あっ、あっ……あッ…アっ、アッ………ああ……ンッ!」

 切れ切れに漏れ出す声が、総司の劣情を刺激する。本当は声を上げて、歓びを表現したいのだろう。だが左手の甲で口を抑えて、耐えようとしている。 酸欠気味で苦しそうだが、それでも、肉の交わりは止めない。

 これからの取調べも、どうでも良かった。玲子の親に見つかったら? そんなことも考えたくない。いや、万一のことを考えると、それもスリルだった。二人の情欲の炎は、煌々と燃え広がっていく。そして、全身が焦げてしまうかのような終焉へとたどり着く。

「だすぞ」

「出してェ………ああっ…… 全部っ、ぜんぶだしてぇっ!!」

 総司の中に高まっていた圧迫感が解放される。熱い体液は全て彼女の中へと注ぎ込まれる。貪欲にも、玲子の膣道はグイグイと収縮を繰り返し、彼の全て飲み干そうとする。痛いぐらいの快感を、総司は感じ取り、玲子は更なる高みへ羽ばたいていた。

「………あったかいよぉ………」

 玲子の瞳に、随喜の涙が溢れ出す。総司は、何も思わず、何も考えず、ただ、射精後の気だるさの海に溺れていたかった。ここがトイレでなかったら、すぐさま眠りに就きたかった。彼女は再び首を彼の方にねじり、唇を求める。総司もそれに応えようとする。

 ゲップ。玲子の酒臭い息が総司の顔に吹きかかった。彼は何も言わなかった。ただもう、何とかして欲しかった。




???