MIKOTO NO TUTAE 邂逅編(前)

 夜。

 人間が寝静まり、機械や工場やそして人間自身が放出する生暖かい空気が冷たく澄んだものに変わり、次の日の活動へとこの大地自体が休息を取っているかのようである。その代わり、昼間は息を潜めている月は明るく照りかえり彼女の眷属もまた活発に活動を開始するのである。

 阿根子市立第六カゴメ高校のグラウンドは人の気配はとうの失せている。そよいでいるのは夜の風、ガラス窓が少しきしんだ。気配は無いが、一人の影がある。小柄な影は黒のジャケットとラメのズボン。彼女の普段の服装である。そして右手には“有”、左手には“無”と記された手甲を嵌めている。それはこの日のために自分に伝えられたものだ。

「負の遺産、か。」

 魅琴は呟いてみる。話はおよそ五時間ほど前にさかのぼる。
 
 

「ちょっとソコ行く女子高生。汝には凶相が出ておる!」

「悪かったね。」

 そう言いながらも、魅琴は声をかけてきた易者が用意していた形だけの椅子にぞんざいに腰をおろす。凶相云々はこの易者の口癖なのだ。魅琴にはついていけないセンスであるが。

 夕方の阿寝子市市民公園、その一角にある愛称“ふぁみりー広場”。魅琴は身悶えするほどにこの名前がキライである。どうしてわざわざ平仮名なのか。そのセンスが信じられない。本来なら“ふぁみりー広場”という名称に全く違和感を感じていなそうな家族連れやカップルがたむろするこの場所には来たくないのだが易者のオッサンが店を出している以上、魅琴に拒否権は無かった。

「で、今日は何?」

「うむ、ソナタもそろそろ“試練”の時だと思っての。」

「試練、か。」

 易者の名は“ミスカトニック=のっぽの・サリー”この界隈ではよく名の知れた易者である。年のころなら六十過ぎといったところだろうか。白髪交じりでそり残しのある髭面でだが朗々たる声を持つ。しかしそのその名の通り190cmを越える背の高さは異様に目立った。かと言ってガタイが良いわけでもない。なで肩で柳の様にひょろりとした彼の姿は“のっぽ”というのに相応しいかった。

 サリーは魅琴の後見人と言って良いだろうか。彼女が天涯孤独の身になったとき、彼女を託されたのが彼、サリーである。サリーと八重垣の家柄にどういう関係であるのか魅琴もまだ理解していないが、彼が術者としての腕は一流であることは認めていた。

 八重垣の血筋は古い。しかし、どういうルーツだったを知らずに魅琴は育ってしまった。彼女に術を教えた翁と婆は既に亡い。術と技、術者としての知識についてはしっかり伝えられたが八重垣自身の伝承はサリーが握っている。

 裏の仕事を斡旋したり、また術者一人では手に負えない場合にサポートするのが彼の役割である。もちろん、その場合は相応の代価が必要になるわけだが、それでも魅琴には良い待遇で接していた。何かを企んでいるのかもしれない。魅琴がそう思うのも無理は無いが、少なくとも、この界隈で彼女の相談役になれるのは彼しか居なかった。

 サリーは魅琴のほうへぬっと顔を突き出して真面目な声で言う。

「そろそろ覚悟を決めぬとな。八重垣の生き残りが居ることを政府の犬や宮内の者達が勘付き始めておる。」

「そう・・・」

 八重垣の血は諸刃の剣である。太古から存在する魔と渡り合える存在でありながら、過去一度も権力に屈しなかった数少ない一族の一つ。もちろん、その力を欲しがる勢力から幾度となく突付かれ、あるときは迫害されてきた。今の政府が彼女の存在を知れば、必ず接触してくるだろう。良くてもその手先として働かされ、悪くすれば術者の実験台として切り刻まれ苛まれる。自由人でありたいと思う魅琴にはどちらも耐えがたい苦痛である。自分の道は自分で切り開きたい。

 しかし超法規的な存在になり得ることも可能だ。サリーが先から言っている“試練”とはそのことを言っている。

「ある神格について、その関係者ないし主人もしくは従者となる者は裁定者として、その身分が保証される。国際心霊条約の3条だったかの。もっとも、他にも幾つかの条件が必要なのじゃがな。」

「私はその資格をもっているって事ね。“ある神格”以外については。」

「左様。それがワシに預けられた、ソナタへの、八重垣最後の者への遺産じゃよ。後は“ある神格”と対面し、上手く切り抜けられればソナタの勝ちじゃ。もちろん負ければ人生アウトじゃがな。」

 国際心霊条約とはつまり、世界中に存在するさまざまな魔道や信仰など、超自然の術者たちを律する為の条約である。強力な術者が動けば世界にそれだけの影響を与える。無秩序に行動すると人間の手で世界が破壊されかねない。また、どこかの機関や団体、政府が何人もの術者を揃えるのは危険とされる。そのため、国際的に(もちろん、一般人には極秘であるが)ある一定の取り決めが成されているのである。

 “裁定者”とは要するにフリーで仕事をする身分が保証される。組織と組織の間で調停を行ったり、彼らの仕事を請け負うことが可能になる。もちろん、望むのであれば安穏と生活することも可能だ。ただし、“保証”と言う言い方は適切でないかもしれない。“神格を慣れ伏せされるほどのモノである故に下手に手を出しては成らない”というルールでしかないのだ。

 もちろん、“神格”は強力、いや爆弾であることが条件になる。誰も手をつけない、手を出せない存在であるからこそ手を結ぶ意味がある。更に、異世界の存在や霊的存在は認められず、この世界に顕在している存在でなければならない。また、既存の宗教の神であるならばそれだけ特定の組織と繋がることになる。限定が厳しいのだ。そのため、資格としては存在するが、世界中で“裁定者”は両手で数えられる程しか存在しない。

「で、私には?」

 魅琴が尋ねると、サリーはもったいぶるように一息ついた。

「ソナタもその名を知っておろう。幻妖仙娘・金龍(コン=ロン)。」

 魅琴の体が震えて固まった。さすがの彼女も予想外の答えであった。コン=ロン、伝説の邪仙である。人間の歴史の転機に現れて、混乱だけを残して行く。邪神という扱いになるのだが、常に術者たちの、ブラックリストの筆頭に上がる存在だ。恐る恐る、サリーに聞きなおす。

「・・・“微笑む災厄”? 活動してるの?」

「なに、阿寝子市に居るぞ。しらなんだか?」

 魅琴はコケそうになった。そんな地球的、いや宇宙的邪悪が自分の近場にうろちょろしていると思うと遺憾ともし難い脱力感があった。

「気にするでない。下手に刺激しない限り何もしやせんよ。今も奴の周りには結界が張られておるし。」

「・・・その結界が?」

「勘が良いのぉ。それこそ八重垣の遺産じゃ。古き盟約に基づき、八重垣最後の者に伝えられるべき結界。つまりは、コン=ロンの今後の動向はソナタに掛かっていると言っても良かろうな。」

「マジ?」

「大マジじゃよ。中世以降、奴が大したことが出来てないのは八重垣が張った結界の影響じゃ。」

「ってか、結界張ってあって今レベルなの?」

 中世以降でコン=ロンの成したことといえば、大きなところで言えば魔女狩りを煽ったり、ナチ・ドイツの虐殺を煽ったり、日本軍の南京大虐殺を煽ったり等、多くの血が流れる場所に彼女は現れる。小さな村や町単位ならば彼女の手によって幾つも消滅しているはずだ。人間の破壊欲、そして性欲を最大限に引き出す。自己満足のために人間を死に追いやる魔人。

 魅琴はその非人間的なところに恐怖しているわけではなかった。そうでは無い、その強さに背筋が凍る思いだった。正義感が強い術者なら必ずターゲットにする存在だ。それが現在でも活動を続けている事は即ち、敵は全て返り討ちにしてきたという事である。力技で来る相手を、力で縛り付けることが出来るだろうか。魅琴の不安をサリーは読んで、諭すように安心させる。

「なに、今奴が大人しいのはソナタに、八重垣の血に近づいているからじゃよ。」

「私の影響を受けているって事?」

「そうじゃ。奴は“最兇”じゃが、ソナタの力はまだ伸びる。それこそコン=ロンと肩を並べられるほどにな。」

 サリーはタオルの粗品のような包みを魅琴に手渡した。

「これを受け取るが良い。詳細と、鍵じゃ。」

「ありがとう。」

 サリーは机の下に張っていた何かしらの紙を引きちぎった。その途端、ざわざわと人の数が増えて来た。人避けの呪符だったようだ。

「やるなら、早いほうが良い。他の者達がコン=ロンの力が弱くなっていることを気取られる前に、事を運ばねばねばならぬでの。」

「分かったわ。今夜にする。」

「即決じゃな。ソナタらしいわ。」

 サリーはひとしきり笑ってから、また真面目な顔に戻った。

「魅琴よ。自らの名を信じるが良い。ソナタは“みこと”であるゆえにな。」
 
 

 魅琴はサリーの言葉を思い出していた。自らの名を信じろと。そして、自分を育ててくれた爺と婆の言葉。「“みこと”は“尊”、尊に神は跪く。」それが真実であるか、今分かる。サリーから手渡されたメモにはコン=ロンを我が物とする手順が成されていた。彼女自身を封じることは魅琴の今の力では不可能である。だから盟約を結ぶ必要がある。盟約を交わし、その効力が持続する程度には八重垣の血はコン=ロンの力を抑えることが出来る。しかし、その前に当のコン=ロンを呼び出さねばならない。

 彼女が手にしている手袋は、同じくサリーから手渡された封印を解く為の鍵である。封印が眠っているのは、この学校の校庭。千年ほど前に八重垣の者が封じたままにしているものである。本当に世の中、何が安心なのかわかったものじゃない。封印を解かれて、邪悪な意思が甦るや否やコン=ロンは気を引かれてこの場に現れるだろう。もちろんそのときに、魅琴が自分の命を落として居ないことが前提である。

 決心を固めた魅琴は、両手を交差して呪文を唱える。呪文といっても、口笛に近かった。長々と、風のうねりの様な音が彼女の口から漏れていく。彼女の発する音節が、次第に地面を揺らし始めた。しかし、音一つ無い。もちろん、学校の外では全く“揺れ”は生じていないだろう。物理的な世界ではなく、空間自体が振動しているのだ。

 巨大な地割れが無音のまま、グラウンドを真っ二つに割って行く。次第に何者かが競り上がってきた。以前に封じられた邪悪。その姿が次第に明らかに成ってきた。それは巨大な女陰を想起させた。いや、そのものだった。

 ふくよかな大陰唇は既に大きく口を開けており、発達した小陰唇がひらひらと誘っている。校舎の時計ほどもある陰核は既に勃起しており、広がった膣口は魅琴ぐらい楽に飲み込んでしまえそうだ。

 それに、大陰唇にはびっしりと陰毛まで生えている。いや、それが空気に触れてふさふさと揺れている様を見るとそれはむしろ、触手と言った方が良かった。

「臭ってるよ。」

 魅琴は憎まれ口を叩いてみる。この程度の醜悪さは見慣れているのだ。ただ、背筋にビリビリ来るプレッシャーは何ともし難がった。自分が思っていた以上に、コイツはすこぶる厄介だ。

 陰部は魅琴を認めたらしく、その触手を伸ばして来る。魅琴はバックステップで避けるが彼女の居た場所には触手の先端が槍ぶすまの様にザクザクと突き刺さった。太いワイヤーほどの触手だ。一発でも当たれば、かなりのダメージだろう。

「引っ張らなきゃダメかなぁ。」

 どうもコン=ロンはすぐには駆けつけてくれないらしい。そういう事態も想定していたが、実際なると不安になる。まあいい、自分の力でも十分に戦える。魅琴はいつもの様に、種を相手に吹き付ける。しかし、悪しきものを封じるはずの濡場魂はアッサリと触手に跳ね飛ばされた。

「ちっ・・・利かないだろうねぇ。」

 跳ね飛ばされるのは計算のうちだ。空中で発芽させ、その触手を絡め取ろうとする。堅結びにしてしまえば、触手だって動かせるまい。

 魅琴の期待は見事に裏切られた。触手に濡場魂が絡まらないのだ。黒く濁る濡場魂の蔦は陰部の触手には棒で麺を掬っている様だった。濡場魂を如何に操ろうとつるりつるりと触手が抜けてしまう。

「マジかよ・・・」

 それでも魅琴は希望を捨てない。触手が自分に向かう前に数発、濡場魂を追加してやる。今度は大陰唇に。地面に絡み付けて身動きを封じ、その邪気を吸い取ってやればよいのだ。

 しかし、魅琴の顔は次第に青くなった。確かに濡場魂の蔦はしっかりと陰部を固定して、痛々しく縛り上げていく。それでも、“締める“事ができない。相手の力が強すぎて、縛ったところで全く、相手の動きは阻害されない。しかも、強力な相手の邪気を吸い取るには、魅琴のキャパシティでは少々時間が喰いすぎる。格が違う、そんな言葉が頭を過ぎった。

 陰部から愛液が垂れる。魅琴が色々弄ったので、感じてきたのだろう。汁に触れた瞬間じゅうと音がして、大地が爛れた。その匂いは魅琴が扱うエミフィレンよりももっと強い淫薬であることを彼女は悟る。

「ちっ、業が深いなぁ・・・」

 ならば喜ばせてやるしかないな。魅琴は濡場魂を束ね始めた。次第に寄り集まった蔦はは巨大なペニスへと形を変える。30メートルはあるだろうか。夜の闇に浮かぶ女陰と男根。張子の陰茎は過たず、奴の秘所にぶち込まれた。不気味なコントラストを描いている二つが結合する。

「やんっ!」

 体中に快感が走ったのは、魅琴のほうであった。確かに相手も力を緩めた。しかし魅琴にも巨大な力が逆流したのだ。思わず彼女はコントロールを緩める。

「しまったっ?」

 魅琴の足に触手が食い込んだ。ひょいと宙吊りにされる。頭が下になって、血が上っていくのが分かる。女陰に食い込んでいた濡場魂はまるで最初からそこにあったかのように恥毛と一緒にゆらゆらとたなびいている。

「・・・マジ、かよ?」

 コン=ロンはどうしたんだ?まさかサリーに騙されたのか?魅琴は呆然とするしかなかった。妻棲みの、八重垣の魅琴、それは神すら跪くのではなかったのか?

 吊るされて頭が下になっている。このまま落とされれば命は無い。血が頭に上っていくことも彼女には感じられなかった。上着が脱がされて、ズボンが下された。外気の冷たさを感じなかった。産まれて始めて感じる、心の動転。

 ブラとパンティの間から、触手が進入し始めた。犯される?一言だけ彼女の脳裏に言葉が灯った。体中、奴の淫毛に撫でられていた。意識があれば彼女は舌を噛み切っていただろう。しかし、ぽっかりと穴があいたような彼女には何をされても気にならなかった。

 彼女の貞淑な乳房が少し赤く、そして大きくなっても、乳首が可愛らしく、起立していっても。体は火照っている。しかしもう、彼女に体は不必要だった。そして大きな何かが自分の股間を貫いても、痛い、としか想わなかった。魅琴が先ほどやろうとしたように、束になった淫毛が彼女の膣へと挿入されていた。それは彼女の膣壁を無遠慮にかき回していた。彼女の尻にも、口にも毛の束は伸びていく。

 開いていく膣穴の痛みが薄れていった。口も少し切ったようだ。血が抜けていくにつれて意識が薄れていく。

 死ぬのか。魅琴は急に、そして素直に実感した。

 貯金下ろして・・・あの服買っとけばよかったな。死ぬぐらいならあのCD返すんじゃなかった。あ、あの店のアイス食いそびれたし。。。愛って結局、分からなかったわ。とめどなく思考が流れていった。

 走馬灯というものを魅琴は見たことが無かったが、おそらく、今の彼女の脳裏に映るものがそれなのであろう。

 にや。魅琴の口元が綻んだ。

 彼女は何を見ているのだろう。もうその瞳には何も映していなかった。

 最後の意識の中に文字が浮かんだ。魅琴は思わず、口を開いていた。

「ツマゴミノ ヤヱガキミコト カシコミモヲス!
 コン=ロン アソビタテマツレ!!」

 血を吐くような絶叫が上がった。口から言葉が飛び出していく。言葉の一つ一つが、込められていた弾丸の様に噴出していく感じだった。そしてそれは、魅琴が今まで発したことのない悲痛な叫びであり、堂々と通る声であった。

 魅琴には光が見えた。東の方角から飛んでくる一条の金色の光。それは女陰に突き刺さった。その瞬間、魅琴も触手から開放された。

 “みこと”は“御言”。バカな自分だ。折角のヒントに気が付かなかったとはね。魅琴は反射的に濡場魂を発芽させてクッションにする。地面に降り立ったとき、体の節々に痛みが走った。それですこし、正気を取り戻した。

「あう、大丈夫か?」

 魅琴の傍にはいつのまにか、一人の女が立っていた。魅琴は荒い息を吐きながら、その声のするほうを向いた。後に最悪のコンビと恐れられる魅琴とコン=ロンがここに邂逅した。


???