MIKOTO NO TUTAE 斬魔編
柳と見まがうほどに、少女は揺れていた。だだっ広く、近くに民家も無い薄汚れた原っぱで、夕刻の陽に照らされながら彼女は影を落している。
ほっそりと素直に伸びた手足と華奢な体。少年の肢体がそのまま大きくなったかのように頼りないが、170cm後半の身長は女性としては高い。少し古びたチェックのセーターと、長い藍色のスカート。背中まである茶色かかった髪の毛が風で煽られる。
彼女の表情には生気は無かった。整いすぎて人形じみたその貌は何の感慨も感じられず、赤く染まる夕日を向いてはいるが、焦点の定まりやらぬ瞳は何を映しているのか定かではない。折角の長い髪も手入れをしている気配は無く、乱れるに任せて凄みを帯びている。
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絶えず、何かモゴモゴと呟きつづけている。口から自然とついてくる感じだ。彼女特有の、呼吸音であるのかもしれない。
夜の闇が大地を覆った時、地面がボコリと盛り上がった。ボコリ、ボコリと青銅色の手甲が草と取って代わる。そして兜がぬっと現れる。至る所から甲冑に身を固めた武者たちが生えてきた。
ざっと五十は居るだろうか、後から後から生まれ出る妖魔の一群。古戦場に残された呪いが彼等を毎夜毎夜、修羅の戦いを強いているのだ。だが、生身の人間を前にしてそれを喰らわぬ道理があろうか。魔性の性が少女に踊りかかる。
風が吹いた。骸骨の首が一瞬で飛び、ニ体の妖魔が真っ二つになって緑と紫の粘液が迸った。
少女の姿は、凶きばかりにネジれていた。ヨガの行者を思わせる不自然な姿勢から、ゆっくりと直立不動の姿に戻っていく。彼女の両手にはいつのまにか、長く細い刀剣が握り締められていた。彼女の背丈ほどは在るかもしれぬ刀身は向こう側が透けて見えそうなほど薄く、新体操のリボンを思わせた。だがそれは紛う事なき業物。右手側は黄金色、左のものは銀の色に濡れている。
留まったのは一瞬だけ。つむじ風の如く竜巻の如く、滑らかに全身を旋回させる。全身の関節がそれぞれ全く別の動きを見せている。留まれば能の演者であるが、一度動き出すと環太平洋地帯のシャーマンを思わせた。金と銀のイルミネーションが百戦錬磨の落ち武者達を次から次へと屠っていく。
薙刀や槍すら彼女を傷つける事が出来ない。全身で特攻してくる雑兵の、渾身の一撃すら届かない。彼女の異常な反応速度があいまって、二刀の異常に広い間合いに入るが最後、綺麗な断面を残すばかりとなる。武者たちは鎧に身を固めているが、二本の針が縫いこまれたすぐ後に、要の部分を切断し鎧を中身ごと分解されてしまう。
見る間に妖魔の数が減っていく。削れて行くと表現したほうがよいだろうか。少女に引き付けられる魔物たちは、灯火に引き付けられる虫の群れに等しかった。蚊取り線香に飛び込むヤブ蚊の群れとも言っても差し支えなかろう。
大地が競りあがり、二階建てのビルほどはありそうな巨大な鎧武者が聳え立った。おどろしく揺れる燐光が鎧の朱の色を際立たせた。終結した妖気の高まりは彼女に対する最後の抵抗であろうか。携えた剣はむろん彼女のものよりも数段巨大である。
ぐわっと、大きく上段に構え、振り下ろされた剣があたりの草や木を凪いだ。少女は木枯らしに巻かれるビニール袋のようにふわりと浮くと、振り上げられた刀の上にすいととどまった。ぶんぶんと振り回される剣ではあるが、彼女は絶妙のバランスでジリジリと相手の懐へと這い寄っていく。
腕が振り下ろされたところで、軽く飛んだ。飛び先は相手の胸元。鋏を思わせる両刃は兜の緒を、巨魔の首を掻き切った。
巨体がどうと倒れるのを尻目に、何事も無かったかのように少女は再び風に靡かれる。息一つ切らさず、顔には生気の宿らぬままに。
「緋叉子ちゃん?」
クルリと振り向きざま、少女は己が名を呼んだ相手の首筋に刃を突き立てていた。頚動脈を取られたまま、制服姿の竹内ナコトは平然としている。青白い肌に薄っすらと赤味が差した。
「いつもながら、あざやかね」
緋叉子はそれ以上力を入れなかった。本当にナコトを見ているのか判らない空ろな瞳で、先ほどと変らず、子音だけを口ずさんでいる。ナコトもナコトで一体どこから現れたのやらそ知らぬ顔である。
「この子、殺ってくれない? 方法は任せるから」
ナコトは胸元から写真を取り出した。そこには後ろを気にするように振り向いた八重垣魅琴と、ピースサインで可愛さをアピールするコン=ロンが写っている。
「名前は八重垣魅琴、こっち(コン=ロンを指差して)はどうでも良いけれどコレ(魅琴を指差して)を」
少女は無表情、いや、あっちの世界を見つめるままに頷いた。
阿寝子市阿寝子駅前、たまの休みはこの町も活気に満ち溢れる。とはいえど、カネや車のあるものはもっと都会に出てしまうので、居残っているのは学生やフリーター、専業主婦や爺さん婆さんぐらいであるが。
そんななか、阿根子市立第六カゴメ高校の制服は雑踏の中でも良く目立つ。ベットタウンで雑踏というほどでもないが、カーキー色のブレザーは少ない人ごみでもよく目立つ。歩いているのは2年B組の菊池沙夜と3年A組の高岡香奈。バスケ部の先輩と後輩である。
沙夜の方が少し大柄でバスケ部員よりもグラビア部にでも入ったほうがよさそうな立派な体つき。制服を突き上げて豊満な胸がゆれている。香奈は知的な面立ちで、ほんのひとつしか違わないはずなのに、沙夜よりもよっぽど大人びて見える。先輩後輩という立場ではあるが、二人は幼稚園のころからの幼馴染みで部以外では姉妹のように振舞っていた。
内容を記すまでもない噂話に花を咲かせながら、二人は見なれた街の見なれないものを物色していたのだが、露骨に見なれないものを見つけてしまって、足取りも少し重くなった。
「なにアイツ、変くない?」
無表情の少女―緋叉子―の送ってくる視線に気がついた二人は声を潜めて囁きあった。緋叉子はじっと、うつろな瞳で二人を見つめたまま、まっすぐ歩いてくる。二人が避けようとしても、まっすぐに、まっすぐに。
「きゃ、なにすンのよ!」
緋叉子は明後日の方向を向いたまま、どしんと二人にぶつかった。露骨に嫌な顔をする沙夜と香奈であるが、緋叉子は少しも悪びれる風はない。それどころか体を摺り寄せてくる。香奈は思わず相手の胸元に掴みかかる。
「ちょっとぉ、アンタ返事ぐらいしなさいよぉ!」
沙夜の恫喝にも緋叉子はありえぬ方を向いたまま、ブツブツと唱えつづけている。
「聞こえないの? おい!」
「このこ、頭アレなんじゃない? …警察か救急車か呼んで見る?」
薄気味悪さを通り越して同情に差し掛かったとき、緋叉子は香奈から携帯を引っ手繰ると背を向けて逃げ出した。
「ちょっとぉ… えっ?」
「何? あっ?」
呆気に取られた二人であるが、さすがはバスケ部だけあって反応は早い。全力で緋叉子を追う。だが緋叉子との距離は縮まらない。走っているという感覚さえ与えない競歩のような走り方である。だが、二人には訝る暇すらなかった。
角を曲ったその刹那、香奈も沙夜も気を失った。緋叉子の柄の当身であった。
「………ああ……ん………えっ?」
香奈が気がついたときには見知らぬ家の天井を眺めていた。家具もなく、荒れた畳と剥き出しになった壁が哀れを誘っている。天井が少しきしんでいるところをみると買い手のつかない欠陥住宅というところであるが、高校生の香奈にそこまでの区別はつかない。もちろん、つける余裕もない。空家につれこまれたという事実だけが彼女にとって重要である。
香奈が目を覚まし、そろりと立ち上がろうとするのを確認すると、スイッチが入ったように緋叉子が動き始めた。香奈は反射的に逃げようとした。
閃光が走ったその一瞬で香奈は全裸になった。バスケで鍛えたしなやかな肉体は無駄な肉はなく、程よく張った若い肢体が顕になった。羞恥で顔が真っ赤に染まった。そして恐怖で真っ青になる。
「いやぁあああ!」
香奈は前のめりに倒れこんだ。緋叉子の持った刀が脚を引っ掛けたのだ。キッと見上げるが、緋叉子はまったく同じない。感情というものがまったく欠落しているのだ。
「なによそれ!」
香奈の叫びに答えるように、ガズッ、と殴ったような音が立った。その瞬間、壁に“金角”“銀角”と斬りだされる。
「武器の名前なんて聞いてないわよぉ!」
気強く咽を振り絞った香奈の声も、新たに“多汰羅緋叉子”と彫り出された音にかき消された。
「ヒッ!」
香奈の首筋ギリギリに“金角”が突き刺さった。香奈は次の言葉を吐く前に凍りついた。緋叉子は香奈を見下ろしているのか、その表情は変わらないままだが、少なくとも香奈には勝ち誇られているように感じていた。
ぴん、と“金角”が乳首を弾いた。
「きゃぁんっ!」
ぴん、ぴん、と連続して弾く。力の加減では、シフォンケーキに乗せられている野イチゴは切って落されるだろう。そのたびに香奈の身体は絶望的な快感が湧き出ていた。彼女の無駄のない腰の周りを“銀角”が撫で回している。
木琴奏者の様に、いや、外科医のようにというべきか。あくまで的確に、冷静に緋叉子は剣を振るう。叩くだけならば皮膚は切れない。そうして紅くなった肌は刺激に対して過敏になる。香奈の身体はだんだんと柔らかく、意識とは逆にほぐされていった。
だが、剣の先が秘部に触れようとすると、香奈は悲鳴を上げた。不吉な音を聞かされたからだ。
「いやっ、だめっ、剃らないでぇ!」
ジョリッ、ジョリッ、ジョリ。よく切れる刃は彼女の隠し所を隠す、最後の砦も奪い去る。そこに毛が生えていた跡すら残さぬ見事な剃りっぷりで、香奈の叢だけは幼女のころに戻った。だが、すこし開きかけた小陰唇は元には戻しようがない。
熱を帯びた肉の花弁を剣先で突付く。粘膜を摘み、花弁を玩ぶ。
「冷たいっ! 冷たいよぉ!!」
抗議の声は緋叉子には届かない。緋叉子は上に下に、女のツボを突いていく。乾いた荒野は少しずつ潤い始め、緋叉子が触れてないはずの頬にも少し赤みがさしてくる。身体がだんだんと、女性の反応を示し始める。
「だめ…怖いのに、……動いちゃう……揺れちゃうぅ……」
そうは言うものの、香奈は指一つ動かす事は出来なかった。少しでも身を捩れば、冷たい刃が粘膜を裂き、内臓を穿ってしまうだろう。それでも感じざる得なかった。緋叉子の妙技に彼女の体は耐えられない。命を取られかねないこの状況では心だって耐えることはできない。
「はぁん!」
剣が挿入された。その瞬間、吐息を吐いてしまう香奈。入れ替わりにどろりとした粘液が溢れた。
熱された膣内でも、金角と銀角は冷たいままだった。
20cmは入り込んでいるだろうか。どのようにして女体で最も繊細な部分に疵をつけないのか見定める事は出来ないが、小刻みに絶えず震え続ける剣によって掘り起こされる快楽は、もちろん彼女の初めて体験するものだった。
「ああっ…あっ…あっ…あぅ……あっ……」
息に嬌声が混じり始めた。性的に興奮すると酸素の使用量が増える。呼吸が苦しくなってくる。どうしても声が呼吸が上ずってしまう。鼻での呼吸では足りない。咽が口が、乾いて変な音が出る。
「んーん……… ああん………」
一度声をあげてしまうと、それは彼女の中の敗北を認めることになる。気持ちよい、その事実が香奈が今まで築き上げたレギュラーの座もプライドも、恋人との甘い思い出すら微塵に打ち砕いてしまう。何が挿入されているのかも忘れ、香奈は身体をよじらせた。気持ち良さは感じても、痛みはまったく感じない。
「ああああああっ、イク、イクッ いやあああん!」
あっけないほど早く、香奈は絶頂に達した。だが、それは軽い一撃でしかない。彼女の身体はもっと深く、もっと重いものを求め始めていた。腰が砕けるような、強力な一撃を。
「あ……もっと………もっとよぉ……」
腰を突き上げておねだりする香奈。緋叉子の剣技に淫乱な身体に改造されてしまったかのようだった。熱っぽい瞳は無表情な緋叉子をじっと見つけていたが、息が荒くなり始めた沙夜に気がついた。
沙夜も全裸になっていた。大きめの乳房と大きめの腰、身体の作りはもう大人だった。彼女は香奈が犯されているところを、じっと見つめつづけていた。助けようともしたのだが、その度に緋叉子の空いてるほうの刀が付きつけられて、動くことも声を立てることもできなかった。
だが、その刀に香奈の淫汁が垂れ始めるころになると、沙夜も感じ始めていた。憧れの先輩がなす術もなく快楽にさ迷っている。自分もまた、開をかき分けていた。
「あ、先輩ぁ……だめ、センパイ……ダメだよぉ……」
甘い声で拒否されると、余計にいじめたくなる。昂ぶりつづける香奈はたまらくなって、沙夜に圧し掛かった。沙夜の、緋叉子から火を着けられた若い肉体が、同性とはいえ生身のカラダを拒めるものではなかった。
「んぅん… はぁ、クチュ…… 沙夜の唇、美味しい……」
「香奈のも…… もっと早く知っても良かったかもぉ……」
先輩後輩、友人の境界を一気に二人は飛び越えた。冗談で交わす口付けではなく、本気でお互いを求め合う口吸い。唾液の滴りあう舌を伸ばし、唇と絡めあう。
「ハッ、ハッ、ハッ……ハッ……ハァ〜〜ァ〜ハッ………」
「男よりすごぉい! ……ああ、マジでスゴイぃ!」
お互いの身体を貪りあう二人。二人の乳首はいつもの倍ほど大きく勃起して、秘部は発情期のチンパンジーのように充血している。
「もうぅ、狂っちゃうぅ。 狂っちゃうゥ!」
無我夢中ながら二人の愛撫は、初めてのレズとは思えないほど互いのツボにはいっていた。それもそのはず、緋叉子の金角と銀角がこっそりと腕や指を誘導していた。すぐに乳首に近づこうとする香奈の顔を抑えて胸の谷間を舐めさせようとする。沙夜の指が核心に迫りたがっているのを臍の下や叢へと導いた。二人の糸を緋叉子が手繰っているかのようだった。
「あ…あたしのと違うぅ…」
「サヤの、サヤのとっても美味しいよぉ…」
互いの性器を舐め合う二人。どちらも他人の女陰を見るのは初めてだった。自分のものをまじまじと見たこともない。もちろん、舐めるのは初めてだ。自分のものを舐めて見ようなんて、思ったことすら無かった。それが、熱病のように浮かされた彼女らは、差し出されたそれに躊躇無く舌を入れた。陰の実をもてあそび、汁を吸った。
「先輩、先輩……ぁ、私いっちゃうぉよ!」
「私も、私も行くよぉ。 もう少しでいくよぉ!」
本当はもう少し絡みあっていたかったが、“イク”という言葉に吊られて絶頂が見えてしまった。一度気になるともう、そこにたどり着くことしか考えられない。自分で腰をくねらせて、一気にゴールへと駆け抜ける。
「………んあ………」
「……………よかった…………」
果て疲れ、ごろんと仰向けになった香奈と沙夜に再び、緋叉子は今度は二人同時に秘所を責めはじめた。
「ああ、それ好き、好きだよぉ! それ、もっとして、してぇ!」
「あ…… なにこれ………… オナニーより良い………」
ぐじゅぐじゅに成った二器の蜜壷は貪欲に、それが刃物であっても飲み込んでしまおうとする。それに堪えるかのごとく、先よりもずっと激しく、金角と銀角が本当に角にでもなったかのように雄々しく跳ね上がり、脈動していた。
受け入れの整った彼女らは、それを形としてだけでなく、性感としても受け入れる。初めてのバイブよりも、緋叉子の剣技は二人をよがり狂わせた。
「それじゃないとイケなくなりそウ! 貴女じゃないとイケなくなっちゃうぅゥウ!」
高らかに沙夜が吼えた。本当にそうだった。胎道の敏感なスポットを的確に刺激する。スジというか、触覚が通ったところが見えているかのように、金角と銀角、そして緋叉子は確実に二人を、別の“モノ”にしていった。
「ああん…いく、またイッちゃう! カナ、いやらしい娘になっちゃう!」
「来る来る、来るよぉ、スゴいのクルよぉ!!」
香奈と沙夜はすっかり淫蕩の虜になっていた。しどけなく、だらしなく肢体を投げ出して、荒荒しく波立ちうねりを上げる、人外の喜びに打ち震えていた。
「「ンふぅン……………あああああっ!!」」
両者が埒をあけた瞬間の その刹那、ほんの一刹那であるが、緋叉子は膣内に剣を半分以上突き刺した。二人の喉に刃の光が耀いたかに見えた。だが緋叉子がブンと振り下ろした金角、銀角からは淫汁のみが飛び去った。
さすがにもう、動く気力はなくなっていた。ぐったりとした二人を見下ろすと緋叉子はどこからか、二人が元々着ていたのと寸分代らない、カゴメ第六の制服を剣に引っ掛けてきた。それをぞんざいに床に置くと、二人分の淫液を返り血代わりに浴びたまま廃屋を後にした。
「…なーんかさぁ、微妙な胸騒ぎがするのよね」
「はう? 春になってサカリがきたか?」
舌打ちしつつ、魅琴は自販機から新作のブルーマウンテンを取り出して、一気に飲み干した。代り映えしないね、という顔をすると、コンに向かって振り向きざまゴミ箱に缶を投げこむ。
「最近平和だったからねぇ。そろそろなんか起きそうでさ」
「平和に飽きたら乱すの一番ね」
「そこまでする義理はない」
「あう、魅琴、消極的ね。 人生ぽじてぃぶが一番ね」
「ありがとよ」
四季を通じて代り映えしない魅琴と、四季を通じて常春のコン=ロンと、暇だから花見ついでに散歩しているのだが、住宅地にはなかなか花がない。仕方がないので建売の屋根の色を愛でてみたりしていたのだが、路地を曲がったところでバッタリ沙夜に出くわした。
「…あ、八重垣さん… ここにいたんだ」
「あー、菊池さん。 なんか用?」
魅琴は沙夜と、話題が合わないものだからあまり話さない。だからさん付け同士である。思いっきり文系な魅琴だから、体育会系の沙夜とは性格的にどうも無理が生じてしまう。だが、性格は別にして、魅琴は沙夜を、同じクラスでなければ食べてみたいと思っていたぐらいだから好意的に接してみる。
「八重垣さん…… あのね、あのね……」
「んー?」
そう言いながら近づいていった魅琴であるが、唐突に沙夜の体が炸裂した。いやそう見えたのは幾本もの剣が突き出したのだった。魅琴はとっさに、残像が残るほどの速度で避けたが、避けるまでも無いコンは少女から生え出た刃に身体を貫かれていた。
「あう、人間爆弾ある。昔はよくやたね」
具象化した思念の剣だが、能力を持たぬ者が扱えるものではない。人事のように解説するコンであるが、魅琴は少し苦い顔をする。魅琴に限って、クラスメイトが捨駒にされたと言う安っぽい感傷ではないのだが。
沙夜は枯葉のようにハラリと地に伏した。死にざまを観察する趣味はない。生体エネルギーが漏れないよう濡場魂で塞いでやった。とりあえず死にはしないだろう。
「脳がアレされてる。マッドな外科医か?」
魅琴は瞬時に、沙夜に施された外術を解す。脳の回線が人為的に弄られている。ただの“術”ではないことに魅琴は気になった。対象を探し、それから発動させるなど普通は暴発を恐れて仕込みすらしないだろう。
「ああ…うぅぅ……」
ふらり、ふらりと、今度は香奈が近づいてくる。
またか? 魅琴は身構えた。
「あ……」
その言葉を最後に、香奈は×の字に断斬された。真っ赤な血潮が噴出する。
そのときには香奈の首も胴も別々だった。そして香奈の頭が落下し終わる前には、胴体は一つ300g程度の肉片と化した。腕や足だけ、痛々しく原形を保っている。
「こんな時…なんていうんだろ。 ……思いつかないわ」
ふかく息をする魅琴の制服は布吹雪となって舞っていた。赤く網目が残る乳房がまろびでた。左胸、特に心臓の上が重点的に狙われていた。魅琴は攻撃は読めていた。だが速度についていけなかった。先が突きの攻撃だったから、後ろからか斬って来るだろうと、次の攻撃まで考えていたのに避けるので精一杯だった。
緋叉子の殺気が魅琴に叩きつけられる。薄いスライスか、よく捏ねられたタルタルステーキか、緋叉子の思い描く魅琴のレピシが鮮明に伝わってくる。魅琴はらしくなく、吐き気を催してしまった。だが、それもまた甘美だった。こんなに近くに居たのに今の今まで気配を発しない相手と戦えるのだ。
「あう、コンが後ろを」
取った瞬間、斬撃がコンを襲った。金と銀の網が包んだかのような光の軌跡が描かれる。
「はう、そんなの利か……………あれ? あれれ?」
唐突にコンの腕ががくりと垂れ下がった。そう思う間もなく首が背中へつるりと落ちた。そして右ひざががくりと外側に曲った。意外な結果にコンはワケがわからない。落ち着き無く辺りを見渡している。
「はぅーどうなってるあるー!」
もがけばもがくほど、コンの身体は夏の暑い日のチョコレートの如くとめどなく崩れていく。気の固まりであるコンの経絡(気の通り道)を裁断してしまったのだ。それでももがくものだから、コンはドロドロのスライムと化していく。
「…『呪震』… 」
魅琴は事実を確認するかのように呟いてみる。呪を唱える震動を武器に付与する術でそれ自体は珍しくは無い。だが、普通は必殺の一撃にかける術で、緋叉子の様に絶え間なく行使し続けるものではないし、続けられるものでもない。
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ぐわっと大きく構えた緋叉子は、無垢な天使が翼を広げたかのように見えた。だがそれは破滅と死の天使。コンの実体化すら打ち崩す力を持っている以上、そこらの妖女とは格が違う。
魅琴は上着の残りを引きちぎって捨てた。乳房がぷるんと奮える。恥らう気持は無い。魅琴は久しぶりの強敵に昂ぶり火照っていた。肌の色が染まり始めている。
「あーもう、こんなにドキドキするの久しぶりっ!」
魅琴は濡場魂を散弾のように発射するが、発芽する間も与えられず緋叉子の寸前で爆ぜ消えてしまう。コンですらドロドロにになってしまう剣舞だ。魅琴の今の濡場魂では剣の威力を上回ることは出来ない。緋叉子の肉体に直接植え付けてやらねばなるまい。
「ちっ、吸気でも呪を絶やさないのか… やっぱりそれって基本ですか?」
魅琴の連撃に、緋叉子は手を休めることは無かった。人間、普通は息を吸うときに隙ができるものだが緋叉子にはそれが無かった。ストレートもカーブも、スライダーからバウンド、ビーンボールまで一切、緋叉子の身体に触れる事すら出来ないでいる。
「あーもう、胸が邪魔だわ!」
文句をいいながら、楽しげな魅琴。確かに、大きくないとは言え支えるものの無い魅琴の乳房は自由気ままに振れるので剣を避けるにはよろしくない。やっぱりブラはしておくものだと改めて思った。
全く予想外の角度から金銀の刃が降り注ぐ。物理法則からは外れてないのだが、緋叉子の構えは構えになってない。上段に構えて突きが来る。下段に構えて薙ぎが来る。全てが全てフェイクなのである。峰打ちから柄、切っ先へと絶え間なく変幻する剣の舞は、三面八臂の阿修羅か何かと戦っているかのようだった。
だが、魅琴にとっては期待を外してくれる期待に須らく応えてくれていて、本気で楽しくなっていた。
「とぉっ!」
気合一閃、魅琴の身体は宙に浮いた。襲いくる二条の閃光に魅琴はあえて突っ込んだ。
「おらおらっ!」
三段跳びの要領で、魅琴は刃を伝っていく。間合いさえ詰めればガードは甘い。
「タネは………っ脚っ!?」
頭を取った、そう思った瞬間、緋叉子の蹴りが魅琴の蹴りを叩き落そうとする。とっさに蹴り返してとんぼ返りで避ける魅琴。彼女が居た場所は何十と繰り出された太刀筋で煌いた。
「はー…マジですか」
魅琴の口調はいつもどおりだが、内心かなり驚いていた。避ける刹那に垣間見た背中を反らした緋叉子の顔は、魅琴の背筋を寒くするのに値していた。
だが、それも束の間、緋叉子の攻撃は絶えることは無い。着地した魅琴に容赦ない剣撃が荒れ狂った。魅琴は濡場魂を張り巡らせてほんの少しだけ防御する。お互い決定打は無いが、疲労をみせない緋叉子に対して魅琴は少し焦りを感じた。
―あんまり、ニンゲン離れするのもヤなんだけどねぇ〜―
魅琴は少し諦めの笑みを見せたが、すぐに瞳の奥から覇気を燃え立たせる。コレが緋叉子以外の相手なら少しは竦みあがっただろうが、彼女は全く顔色を変えず、また勢いも止まらない。魅琴もまた歩を詰める。
「タネは既に、蒔きまくってます!」
音もなく、魅琴の右腕が吹き飛んだ。“銀角”が肘の少し上を掻き抉った。だが、出血は無い。代りに漆黒の線で体と結び付けられていた。即席で有線のロケットパンチは真っ直ぐ緋叉子の顔面へと突っ込んでいく。
「おらぁっ!」
魅琴は叩き落とそうとする両の刃を交差した瞬間に踏みつける。それを合図に香奈の残った腕が緋叉子の脚に飛び掛って蹴りを封じた。逆の脚には彼女の首が喰らいつく。
「喰らいなさい、私の根性入れた一撃を!」
魅琴の右手が緋叉子の顔をぐわしと掴むと、彼女の耳や鼻孔から濡場魂の黒いツタが生えだした。顔中からウドンか回虫が反乱を起こした風に、ガクガクと痙攣を起こしながら緋叉子はドサリと倒れこんだ。
「アー、終わったぁ!」
期末試験でも終わったかのように、同じくドサリと仰向けに倒れる魅琴。油断無く、切り落とされた右手を濡場魂で引っ付け直していた。激痛は濡場魂の持つ薬効でカバーしている。利用できる能力を出し惜しみして勝てる相手ではなかった。
「あう? いつもの様にエッチなコト、しないか?」
「あーもう、動く気力ないわ〜」
コンは首だけ再生して、その下はナメクジ状態。その隣では高岡香奈が『再生』していた。スライム化したコンが人体の“見本”として無意識に融合したのだ。不要になったため、コンからは異物として吐き出されているところである。生きてはいるが、彼女が彼女のままであるかどうかは、また別の話である。
魅琴はしばらく、人体を取り戻している香奈を眺めていたが。くくっ、と空を見上げたまま苦笑いを浮かべると大声で笑い始める。
「あーあっはっはっは! もう、ダメすぎる〜 パンティの中がびしょびしょで気持悪りぃ〜!」
「戦いながら濡れるなんて、器用になたね」
「男だって闘うときは勃起するっていうじゃん。それと一緒よ」
息が上がっているのか、喘いでいるのか定かではないが、上気した頬がいつもの魅琴らしくなく、妙に色っぽかった。その頭も少しふらつき気味だ。コンが怪訝そうにじーっと見つめていたが、魅琴は急に引きつったような顔つきに変わった。
「あ……漏れる……… あ………」
一転して弛緩しきった表情で恍惚を浮かべる魅琴のスカートに、じわりと染みが浮き出した。
「魅琴、普通のシゲキじゃ満足いかなくなったな」
「あんたほどじゃない」
魅琴自身は自覚がなかったが、戦闘の緊張が一気に解けて、腰が抜けたのだ。魅琴は戦いの反省よりもまず、自分のパンティをどうするか、本気で悩み始めた。
「緋叉子を投入したのですか? アレはいい作品だったんですけどねぇ」
場面は変わって薄暗い研究室の一角。ちょうど病院の診療室を思い描いて頂ければ良い。少し神経質気味な中年男が丸椅子に腰を下ろし、机に向かっていた。古びたジャケットに古びた灰色のズボン。ワイシャツの前ははだけて、100円ショップで買ってきたようなネクタイを申し訳程度に絡めている。彼のそばに佇んでいるのは竹内ナコト。両手を組んで、まったく堪えてない様子だ。
「あの程度で良い作品なの?」
「失礼ですね。 彼女からは思考を奪いましたから、指示さえ与えればあんなに良い駒はありませんよ」
「飯邦憑朗の作品に、思考なんかあった?」
意味ありげに笑みを浮かべるナコト。彼らの向こう側のスペースには、歯科で良く見られる診察椅子に一人、男か女か判別しきれないほど拘束衣でぐるぐる巻きにされて、頭には巨大なトランジスタを幾つも突きささって、身体中からコードを垂らして、痙攣を起こしていた。
若い割に薄めの髪を手櫛で直しながら、男は机に積みあがったファイルを幾つか開いている。そのひとつでも、常人を発狂させしめる内容なのであるが、男もナコトも既に常人ではないのだろう。
ピー、ピー、ピー。 全自動洗濯機が洗濯を終了させたような機械音がした。椅子の上の痙攣はとまっていた。永遠に。
「やはり、この波動は死にますね。兵器への応用は利きますが、私の研究には役に立ちません」
いつもの事だから、憑朗と呼ばれた男は解説するように一人後知多。ナコトは肩をすくめて見せる。
「何にせよ、折角の荒金の血が今のままでは役に立たない。 役に立ってもらうには、まず鍛えてあげないと」
「それは同感です。 八重垣魅琴という少女、緋叉子を改良する前にも劣りますね」
「まったくだわ。とりあえず、次の手をお願いね」
「わかりましたよ、My Mistress」
憑朗がそう言った時には、ナコトは既に消えていた。これもまた、いつものことだった。