MIKOTO NO TUTAE 異胎編
「んっ・・・ああっ・・・」切ない声を少女は振るわせた。右と左の乳首を代わる代わる吸われることで軽い感じにブロンドに染めた髪の毛も右に左に揺すぶられる。頬の汗に張り付いた乱れ髪を払う彼女自身の手はシーツを掴み続けている。折角の美形を堪能したいお相手の手が、優しく髪の毛を整えてやる。
ちゅっ、ずっ、ちゅう。彼女の乳房を情熱的に弄んでいるのは、我らが八重垣魅琴。少女は一糸纏わぬ全裸だが、魅琴は全く乱れの無い制服姿だ。口元に、若干の被虐の喜びを浮かべながら、魅琴は少女を狂わせて行く。
女性は自分の性器を同性に見られる事を極端に嫌う。男性よりも多様な造形である花びらを、無意識に自身と比較する事で不要の嫉妬と憎悪を感じてしまうのだ。大きさぐらいしか比較のしようが無い男性よりも、その性質は甚だしい。だが、魅琴は同性と言う壁を安々と打ち崩す。その技術、その態度、そして魅琴自身の性質(さが)は心の網目をするりと潜り抜け、どんな女性とも、恋人の様に肌を合わせることができる。まるでジゴロの様に、どんな貞淑な女性に対しても、もっと欲しい、そう思わせる。
少女はその身を、はしたなく海老反らせる。普段なら愛らしい微笑で場をなごませるその顔つきは激しく歪み、獣の如く泣き喚んでいる。ふかふかとした下の唇を魅琴は吸っていた。小さな舌に触れ合うと、少女の身体はそのたびに弾け飛びそうに成る。
「ああ・・・やぁ・・・はじめて、こんなのはじめて・・・はじめてなのぉ・・・燃えそう・・・体が燃えそう・・・燃えるぅ!」
もっと燃やしてあげる。魅琴は瞳でそれを伝える。
「自分であんよ、持っててね」
少女のすらりと伸びた両足を、魅琴は両手で掴むとぐいと頭のほうへと引き上げる。柔軟な体が折れ曲がった。脚の裏側が震える。そして、少女の両手に、その足首を掴ませると、少女の蜜壷は彼女からは不自由に、無防備なまま傾けられる。華に群がる蜜蜂の如く、自由になった魅琴の十本の指が一斉に、襲い掛かった。くっと少女は白い歯を食いしばった。
「ああッ! もうっ… もうイク… や…早すぎっ! ああっいやぁんっ!!」
彼女が絶頂に達するのは初めてではない。魅琴と初めて肌を合わせた時に、女の最高の感覚をしっかりと味わっている。その時に魅琴に対して忠誠を誓ったのだ。もう男とは肌を合わせないと、魅琴の欲望の赴くままに扱ってもらいたい、と。魅琴は、少女の自らの懇願に答えているだけなのだ。もちろん、そう仕向けたのは彼女であるが。
「もっと良いコトしてあげるね」
魅琴は、少女には見えない塊を、そっとずぶ濡れの門へと押し当てた。するりと吸い込まれるように真黒の塊は胎内へ侵入する。
「あひゅっ?」
ぞくり、少女の顔が一変した。男とシても当らない部分、いや当っている訳の無い部分に感触がある。それ以上入りようがない、入りようが無いはずなのに、それは彼女の未通の部分に入り込んでくる。
「なっ・・・なにか・・・へん・・・おなか・・・おなかがぁ・・・」
もぞり、もぞっと子宮口の狭い通路を濡場魂は進んでいた。物理的実体を持たない存在ではあるが、そこにある、という感覚を少女に伝えていた。芋虫の様に蠕動しながら、奥の広い場所を犯そうとする。少女の中心には、命が宿った事は無かった。だが、濡場魂は静かに着床する。
「ふはっ! ああああっ!? 何ッ!? 何コレ!? コレ、イイッ!!」
吹き上げるように、立て続けに高波が少女を襲った。手が足から離れ、大の字になる少女であるが、下腹部がズン、ズン、ズンと彼女の心臓ではない脈が打ちならされた。そのリズムに併せて、彼女の腰が激しく上下に振動しはじめた。振らなければ耐えられない、そんな法悦が湧き出していた。
「あなたに、“女の喜び”をシミュレートして貰おうと思って」
子宮が膨れる。風船の様に、もこもこと大きくなっていくのが分かる。だが、それは実体を伴っていた。あまりの重さに彼女は腰を振るのを辞めた。いや、動かせなくなったといっていい。
「えっ…や……まだ……まだ先が………あるんだっ!? まだ!? ンーッ!!」
ガクガクと震えの止まらない少女の身体は次第に丸みを帯び、“女”の身体へと変貌する。程ほどのサイズだった乳房が、パンパンに張り詰めていく。眼を丸くしながら、少女は肉体の変化に翻弄されていた。乳首から、ぴゅッ、と白い液が飛んだ。
「おっぱい・・・おっぱい出ちゃう・・・ぁあ・・・吸ってぇ! や、いっぱい吸ってぇ!」
魅琴はリクエストに応える。器用に舌先を使って乳首を立てると、舌を丸めてちゅっ、と吸い付いた。唇を上手く使って、んぐんぐとリズミカルな刺激を乳房に与えると、口の中に甘くどろりとした母乳が溢れ出す。魅琴はコレが大好きである。
ハッ、ハッ、ハッ、ハ……仔犬の様に少女は喘ぐ。左乳首から出た乳は魅琴の右手が彼女の体中に、ローション代わりに塗りたくる。すっと、少しだけ体温が下がる。が、文字通り焼け石に水。彼女の胎内には炎が渦巻いているのだ。熱と絶え間ない快楽で、少女の瞳は空ろだ。あらぬ方向を、あらぬ姿を追っている。
「ああっ! 変!! こんなの嘘ッ!? 違うッ…ああっ…でもイイ!!」
炎の龍が段々と降りてくる。少女は自然と腰が引けていく。こんなに大きなものが抜け出るはずがあるわけがない。無いはずなほど大きな物体が、子宮口を押し広げ、膣内へと移動する。
「あああんっ・・・出るぅ・・・何ンか・・・出るゥ! 赤ちゃん? 私の赤ちゃん出るの? 気持ちイイ! 出るの、赤ちゃん出るの気持ちイイっ!」
出産時というのは内臓をギリギリ広がるまで押し広げられるわけで当然ながら激痛を伴う。文字通り内臓を引き裂かれるような痛みであるが、良くした物でその際、脳内麻薬がどんどん放出される。それを差っぴいても激痛なのであるが、出産後一日も経てばすっかり、痛みは良い思い出化してしまうとも言う。
今の彼女は痛みの部分が無い、つまり快楽だけが暴走している。狂う、狂ってしまう。いや狂わなければ快感ではない。理性と狂気のギリギリのところを少女は綱渡りをしている。魅琴は…狂わせてもいいのだが…それだとコン=ロンと同じだ。一応人間だから、人間のままで居させてあげる。
そう思うものの、発狂の恐怖に歪む少女が可愛くて仕方が無い。人以外の存在に一歩足を踏み込んだ少女がそこから抜け出そうか、入り込むのかをか躊躇っている、自分がトンと背中を押せば彼女の意思に関係なくどちらにも転がっていく。その間にも彼女は愉悦に苦しめられる。そろそろ助けてあげないと、底なしの沼に落ち込んでしまう。
「出るわよ」
「ああ――――ッ!? ヒィッ!?」
ぐちゃっ、勢い良く彼女の膣口から飛び出す。赤子ほどもあろうかという塊。少女は白目を剥いた。
「あっ、あっ、あっ、あっーっ!? うがアァああ――――ツ!!」
少女は自分が産みだしたモノを見る間もなく、絶叫を上げて失神した。いや、魅琴が失神させたというべきだった。こんなもの、この子には見せられない。魅琴は手馴れた手つきで、それを床に叩きつけると、頭部を踏み潰した。
一戦終わって、すっかり元通りになった少女はくうくうと安らいだ寝息を立てていたが、魅琴は両手を組んで、難しげな顔で机に向いていた。彼女の前には、ビーカーが八つ並べられ、その中にはヘドロの塊のような物体がぷかぷかと浮いている。
「コレで八人目か・・・」
魅琴はそれらを、忌々しそうに眺めていた。魅琴の仔猫から取り出した異胎、今日で八体目になる。魅琴の能力である邪気の実体化。というのは非物理的な存在を物理な存在に無理矢理固めてしまう事である。フワフワしてつかみ所の無い霊的な異界の連中はこの世のモノとは構成要素自体が違っているわけで、倒したと思っても、少しでも残り滓があれば、どこかで復活しかねない。だが、魅琴の場合はこの世のモノへと一度固めて、それから破壊してやるわけだ。八重垣が継いで行った、忌むべき封技。
「あう、この娘たれ? 食べていいか?」
「ダメだよ。私のだから」
突然現われたコン=ロンが少女に手を出そうとしていた。彼女の足元をこちょこちょとくすぐる。ぴくりと反応した少女であるが、魅琴が制したのでコンはそれ以上の悪戯を止めた。余談では有るが、コンは非物理的な存在ではあるが、かなり特殊である。年期が違うというのが大きいのだが。だから、魅琴はコンを“物理的に固める”ことは無理だと思っている。
「あう、この娘も産んじゃたか。世の中荒んでるある〜」
魅琴の能力を知っているコンは、魅琴が眺めていた物体に気がつくと、鼻歌交じりに茶化していた。荒んでいる。そうだろう、魔性に犯されたぐらいでなければ生じない“異胎”である。しかし、コレを取り出した彼女らにはレイプの名残は無かった。むしろそれは呪い、生きていると知らずに身についてしまう汚れの塊だ。
「で、ハンニンのメボシは付いてるか?」
犯人、の何気ない一言は魅琴は少し戸惑わせた。分かっている、それはもう判っている。今までは影響が少なかったので泳がせていたのだが、強くなりすぎた。他人の事など基本的にどうでも良い魅琴であるが、ここまで来ると手を下さなければなるまい。
「やる気が起きなかったんだけどねぇ… 狩って来るか。」
困ったような、悲しいような、いつもながら曖昧な表情であるが、コンは心の綾など気にしない。
「…あう、やっぱりこの子食べたいね」
「………殺しちゃダメだよ」
ふっ、と笑いながら魅琴は部屋を出た。殺しはしないだろうが、“他の物体”になっている可能性もある。しかし、めんどくさいのでそれ以上は言わなかった。コンの気の向き方と、彼女の運次第である。
夏の阿寝子市は、今年が特別なのだか全く雨が降らない。ガンガンに照り付ける太陽がまぶしい。魅琴はなんとなく制服姿であるが、道行く人々は大体薄着で、ラフな格好だ。だが、光が強ければ陰も濃い。魅琴はフワリと、日常とは逆の領域へと足を踏み入れ、気配を消す。魅琴は別にアテがあるわけではない。相手のことを考えながら風の様に街を過ぎた。勝敗がわかっている戦いほど無意味なものは無いが、魅琴は彼女自身のけじめをつけなければならない。メンドクサイ仕事でも、こなさなきゃならない事もある。
「類は友を呼ぶ、って言うよね」
阿寝子市を一望できる一年ヶ丘(ひととせがおか)には近年遊歩道が整備され、徒歩でも車でも簡単に見晴台に辿り着く事ができる。まぁ、標高300mも無い小さな丘なので歩いても大した事が無いのだが、山道でない道を歩いたところで何が楽しいのか見当がつかない。
魅琴は街のほうをじっと見つめている女に声をかけていた。この暑い最中コートを羽織っている。魅琴は彼女の視線を視ていた。視線の先を見たのではない。レーザーの様に発せられる彼女の視線を見ていたのだ。
気がついた女は、魅琴のほうを見やった。視線が突き刺さる。見られたところが酸で溶かされるかのような灼熱感がある。視線が退いたところには、蛆虫のように小さな蟲が沸きはじめた。魅琴は指先でピン、とそいつらを弾き飛ばすと、清浄な日の光に晒されたところであっという間に焦げて消えた。
「ニンゲンは、知らずに悪業を溜めてしまう。いつも朗らかに生きているつもりでも、だからこそヤッカミや誹謗中傷を被ったりとかね。、まぁ、大げさに言えば呪いだねぇ」
歪んだ気は歪んだモノを呼ぶ。腐臭に蝿がつられ、次第に穢れというウイルスが繁殖し始める。多くの人間が汚染されれば、次第に街も汚れに侵される。魅琴はこの街を刺激する事を極力避けてきたし、刺激するものは極力排除してきた。古くから阿寝子市が背負っている業は、ホンの少し足しただけでバランスを崩しかねない。あとちょっとゴミが増えれば、自浄作用を超えて、腐臭漂う掃き溜めになってしまうのだ。白川の、清き流れもさるものながら、ゴミ溜の中で生活するのはご免である。
「普通は自浄作用ってもんがあるから、よっぽどでない限りプラマイゼロなんだけど。稀に、そーも行かないこともあるんだよねぇ。それこそ本職の術士の呪詛とか、よっぽど強い思念とかね」
「私が、ってことかい?」
女は魅琴をマジマジと見つめていた。“追っ手”ということを理解したようだ。つまり、逃げなければ成らない負い目にも気がついている、と言う事。30代近いその女は不細工というほどではなかったが、余り美しさを感じられなかった。
「Yes, because you'er a demon.」
「なんだって?」
「“だってアンタは悪魔だもん”」
ガシュッ、邪気が飛んできた。邪気とともに、彼女の掌が襲ってきた。
「アクマ…違ウ………アクマ……違ウっ!!」
「そう言われて蔑まれて来た、ってのが見え見えね」
気が爆ぜる。ごぉと音を立てて噴き掛かってくる邪気は火炎放射器の様に魅琴を焼き尽くそうとする。だが、魅琴はたじろぎすらしない。濡場魂のセミ・オートガードが発動していた。ぐるりと螺旋を描いて邪気を収集する。魅琴ほどになると、幾つもの結界が常にその身を護っている。
「ガッ!?」
「まぁまぁ、ってとこね」
お返しに、溜め込んだ邪気を放ち返した。一度その身を離れれば、邪気は本人さえも喰らい尽くす。だが、彼女にも防御壁が存在した。彼女のコートに至る前にパシパシと潰れていく邪気と瘴気。世の中、人よりも魔に近いものが居る。魅琴も他人の事は言えないのだが、突発的に、魔に感化して生まれるものも居る。もちろん、魅琴の手を煩わせるものなど極稀なのだが、だが、この人は強くなりすぎた。
「名前聞いていい? 私は魅琴、八重垣魅琴」
女は名乗りの替わりに蹴りを返してきた。魅琴は予想通り過ぎる攻撃を相手の予想通りと思われる方向へとヒョイと避けてみる。
「ギュへヘエッッ!」
一瞬遅れて邪気の刃が突っ込んできた。やっぱり狙ってたか、そう想いながら魅琴は思いっきりしゃがみ込むと女の脚を狙った。ひゅるりと鞭の様に濡場魂を絡みつかせるが、相手の防御壁に阻まれて決定打にはならない。魅琴はダメージを受けないようにごろりと転がって体制を立て直す。思ったとおり、倒れていたところに衝撃波が走った。
人が居ない。女が撒き散らす瘴気がこの場所を本能的に避けさせる。霊的な本能が“行くな”と告げるのだ。よほど鈍い人間で無い限り、“行こう”という発想が生まれないし、無理をすると、靴の紐が切れるなどのアクシデントが生じ得る。売店の叔母ちゃんも奥へ引っ込んでいる。丁度、甲子園が佳境なのだろう。運が良いらしい。魅琴は安心して闘う事ができる。
「悔いが残らないように、本気出して頂戴。既に種は蒔かれて居るから」
魅琴は女に言い放った。もう不要な戦いはしたくなかった。確かに強い、だが、八雲立つ、八重垣の魅琴に対しては若干役不足だ。術の修行もしてない輩では、今の魅琴は倒せない。
「私は本気だ! 貴様も本気を出せ!」
「そう。なら終わらせて貰うわ」
その瞬間、女の目が爆裂した。彼女の眼球に直接、濡場魂が喰らいついたのだ。そしてその瞳ごと発芽する。目から濡場魂の蔦が一気に飛び出して、彼女の両手両足に絡みつく。容赦のない束縛だ。
「ミッ…見えなイっ! 目ガ… 目ガぁッ!」
物理的には、彼女の瞳は無事ではある。だが、非物理的なところへ、霊的なところへと濡場魂は侵食していく。どちらにせよ、今は彼女の目は見えない。全く濡場魂の色とおなじく漆黒の闇に包まれている。
「歪んだ性(さが)は…心を……魂をも歪めて行く……」
魅琴はポツリと言いやった。彼女自体が一つの穢れの塊と化している以上、濡場魂がその根を下すのも早い。
「アァ……アァ………」
彼女にはもう見えないが、触覚は生きている。濡場魂は彼女の耳と言わず、鼻と言わず、口といわず、穴という穴に潜り込もうと女の身体を弄っている。喉と鼻から潜り込んだ蔦は、肺と食道へと別れ、その両方を満たすべく繁殖を開始していた。外側から伸びた蔦も、しっかりと下側の入り口を抑えていた。
濡場魂が、彼女の意識に到達する。一人の男が、どす黒く変色して息絶えていた。呪いの力が強すぎて、少し浮気した彼氏を殺してしまったらしい。そりゃ世の中イヤになるわ。魅琴は得心した。
「アタシモ……フツウニ……ウマレタ……カタ……」
「望まざるに産まれた、ってのは言い訳に成らない。人間みんな、一生懸命生きてんだし、どう生きるかは自分次第よ」
魅琴は冷静に諭した。彼女が生きた人生、その呪詛の力で得をし続けた人生。しかし、欲望を優先させたため、力を抑えられなくなったとき、悲劇は起こった。自業自得である。だが、それを自分の業として認められなかった彼女は、他人を呪った。幸せな他人、普通の人間のすべてを……だが、世の中良くしたモノで、だからこそ魅琴の目に付いた。
―いつもの事ー
魅琴の生きた時間はまだ短いが、誰よりも濃い人生を歩んでいる。今までも何度も、こんな連中と対峙してきた。そのたびに魅琴が勝利した。なりふり構わず、自分自身を否定しようとする連中が、自分を信じ、強く肯定している魅琴に、勝てるわけが無かった。
女の体が濡場魂で覆われた。窒息しそうになっている彼女の邪気を、濡場魂が浄化していた。快感は生じない。魅琴はワザとそうさせていた。レザーで覆われたかのような女の体。全身に太いバイブを押し込まれ、更に拡張されている女の体。苦しさに呻く事すら出来ない。魔をを栄養として繁殖する濡場魂の重みに今にも潰れ落ちそうになる。
「感じなさい、貴方自身の罪の重さを」
「グワァッ!?」
叫びに成らない叫びが放たれた。魅琴の言葉と同時に、濡場魂の重みは倍化した。女はどさりと崩れ落ちた。地面に這いつくばる。彼女の身体の所々に、拳ほどの真っ黒な珠が生じていた。魅琴の言葉を受けて、彼女の業が実を結んだのだ。濡場魂の実は浄化された清浄な気を多く孕んでいる。
実の一つがパンと弾けると、黄金色に輝く煙が中空へと舞った。パン、パン…育った順に実は弾けて、阿寝子市へと広がっていった。彼女が他人に押し付け、ばら撒いて来た邪気を、多少は相殺出切るだろう。
「貴女だけじゃないさ、私もそうだもん。異力を持つものだから」
魅琴は相手の耳には届いてない事を知っていながら呟いた。命までは取らない。力と記憶の一部を破壊しただけだ。言い訳が無くなって生きられないならば、逃げ場が無ければ生きられない奴が悪い。その先は、秩序側の問題だ。世に歯向かえば捕まるし、お天道様に背かなければ、それなりに良い事だってある。だが、魅琴は一々付き添ってやるほど暇ではないし、甘くは無かった。
「暑ッ、夜にすりゃよかったわ」
服の袖で汗を拭う。夏場の運動はコレだから嫌なのだ。一言言い捨てて、魅琴は帰路についた。彼女が目覚めた後、どうなっているかなんてそんなことは知らない。もうそろそろ店に出てくる売店の叔母ちゃんにでも、任せることにする。
家に帰ると、コンがウキウキした表情で飛びついてきた。頬を真っ赤にさせ、息が甘く荒い。目がキラキラと輝いている。かなり“よろしくやっていた”らしい。
「あう、魅琴、ミコト! あの娘めちゃくちゃ美味しかったね! 久々にタンノーしたある!」
コンがこれほど喜ぶとは、何をしたのか聞ききたいところだが、あまり深入りすると“じゃあ、魅琴もするある!”なんて流れになるのは目に見えている。魅琴はあくまでそっけない。自販機で買っておいた缶ジュースの栓を抜く。炭酸の抜ける音が弾けとんだ。
「で、ちゃんと記憶消しといた?」
「あう、消えすぎて赤ちゃんになちゃたね」
ブッ、飲みかけたジュースを噴出しそうになる。マジかよ、と思いながら布団のある部屋を覗いてみる。ベッドの上には乱れたシーツと、女が発情した匂いが溢れていた。そして心身ともに乱れた、というよりイってしまった少女が独り寝転んでいる。
「あばあばあば…ぶぶー」
少女は…まぁ、姿形は変ってないのだが、すっかり“幼女”になっていた。掌をぎゅっと握り、パタパタと手足を振り回していた。定まりやらぬ視線が、なーんにも考えてないことを示している。赤ん坊の知覚では、自分の手足が自分の体の一部、と言う事も判断できていない。適当にバタバタしていると目の中に“何か”が飛び込んでくる.それが楽しいのだ。
魅琴がどうにも理解に苦しんでいる顔をしていると、おっぴろげた両足の隙間からちーっと、黄色い虹が飛び出した。少女の顔がぐしゃぐしゃに歪む。お尻の辺りが湿ってしまい、気持悪くなったのだ。
「あーあーっ、オムツぐらいしてやれよ」
「オムツオモツ、ハァハァある!」
びぇーっと泣き出した少女。訳の分からないコン=ロン。気の弱い人間なら頭を振って叫びたくなるところだが、魅琴はふっ、と、口元をゆがめただけだった。
「ま、予想よりマシか」
先に、濡場魂に彼女のデータを写せるだけ写しておいた。記憶ぐらいだったら転写して元に戻せるだろう。まったく、手馴れてしまったものだ。魅琴は作業に入りながら、少し自分の過去を探っていた。自分を狩ろうとした馬鹿たちがどんな末路を辿ったのか、思いを馳せる。
弱肉強食。この世は生き残ったものだけが我を通せる。魅琴は何度もそれを体験したので、良く知っていた。