う・た・げ




「はう、良く来たね。歓迎するある!」

 哭劉三年、中国西部に位置する蕩の国。 先年逝去した国王の代わりにその后であったコン=ロンなる娘が女王として君臨していた。 周辺国には累の及ぶことは無かったが、隣国の索の国には彼女の圧政に苦しむ難民が流れ込み始めていた。 事を重く見た索王は若くして八徳先生と誉れ高い趙李玄を使者として選び、間者の役を与えた。 万一国内が乱れて居れば隣国は必ず巻き込まれるだろう。その前にやんわりと女王を諌めるようにとの託であった。

「益々のご繁栄と健康を・・・」

「堅苦しい挨拶抜き。ざっくばらん、楽にするヨイ。」

 コン=ロンは趙が挨拶を述べるのを遮ると、ヒョイと王座から飛び降りる。 活発というかお転婆というか、威厳というものは欠片として持ち合わせていない。 しかし、警護の人間はこれ以上ないほどに厳しく、また側女たちも 甲斐甲斐しく奉公しているようだ。これほどの人望、特に悪政を為しているとは思えない。

 趙は少し拍子抜けというか、予想外の事態になってしまって言葉を捜していた。 それはまた、コン=ロンの類稀なる美しさにも寄るものであった。 西域のものだろう、いかなる紗よりもきめの細かな白い肌と 流れるような金色の髪。不思議なことに彼女の瞳も金色である。 コロコロと良くかわる少女のような表情には全くの邪気が無く、 それでいて見事なまでの胸と尻が腰を中心にして女の色香を振りまいている。

「夜飯食うか? 用意させるね。 そうだな、選ばせてやろうかな。」

 コンは趙の次の言葉を待たず、トコトコと別室へと移動しようとする。 趙は幾つか返礼の言葉を思い浮かべたが、それよりも話の内容が気になって聞き返してしまった。

「選ばせる?」

「そう、自分の好きなの選ぶ良い。」

 どうやら食卓に給する肉を選択する権利が与えられたようだ。 彼女なりの客への気配りなのであろう。 自分は肉の良し悪しなど分からないが、好意を無碍にすることは出来ない。 さっさと歩を進めるコンに趙は遅れずついてゆく。 厩舎は外にあるものだと思っていたが、建物の中をどんどん進んでいき、 大きな扉の前までやってくる。物々しい番人が二人、扉の両側に控えていたが、 コンが近づいてくるのを見るなり、脇にそれると跪いて畏まった。 コンはそんな二人を完全に無視して、扉に手をかける。

「ここね。ちょっと待つヨイ、扉開けるね。」

「うっ?」

 扉を開けるとムッと異臭が漂ってきた。麝香に近い匂いだ。いや醍醐(昔のヨーグルト)にも近いだろうか? 広い部屋のようだ。生暖かい空気が多くの生き物が潜んでいる気配を感じさせる。 薄暗いので良くは見えないが、段々目が慣れてくるにつれて、趙は息を呑んだ。

 女だ。全裸の女が見渡す限りひしめき合っている。しかも、飛び切りの美女ばかり。 年齢は16〜7から上は40辺りだろうか、まるで豚小屋の様に柵で区切られた小さな場所に 一人ずつ、女達が思い思いの格好でくつろいでいる。座っているもの、横たわるもの。 しかも皆、目はらんらんと輝き、何か期待するような瞳でこちらを伺っている。

 趙は思わず、自分の男の器官がうずくのを感じていた。 女の匂いも去ることながら、この異常な状況に興奮していた。 まるで家畜の様に扱われる女達。まさか、夜伽の女を選ばせるつもりだろうか。趙はコンの顔をうかがった。 コンは目を点にした彼に少し微笑んで説明する。

「人舎ある。昔の後宮を改造したね。」

「人舎?」

「子供産ませているね。食用ある。」

 まさか、子供を?・・・食用だと言うのか? 確かに、この国には古来より、人を食したという記録はある。 あの孔子ですら、弟子の肉を喰ったらしい。 その頃はそれが慣習であっただろうが、過去の因習だと思っていた。

「どうしたか? 言いたいコトあるならハッキリ言うね。」

 躊躇していると、コンは趙に視線を向けていた。 あまり妙なことを言うと、この手の輩はいきなり首を飛ばしかねない。 趙は少々気押されしてしまったのでやんわりと諭すことにする。

「殷の紂王を思い出しました。姐巳なる妖女に誑かされるまま、淫蕩の数々を行ったという・・・」

「あう、姐巳ちゃんコンのマブダチだったね。」

「朋友?」

「あう、ムズかしく言っても意味変わらんある。」

 殷は千年は昔に滅んだ国である。この娘、気が違っているのだろうか? 無論このような所業、狂ってないと出来ないだろう。 何かの間違いで、自分を姐巳だと思い込んでいるのだろうか。 それとも、姐巳が乗り移っている? 趙の頭は混乱し始めた。 コンの言葉と、女達の熱い眼差しやなまめかしい肢体が少しずつ彼を冒し始めていた。

「朝夕沐浴させて、昼は散歩。区切り区切りで男と交わせるね。良い運動になるある。」

 コンは洋々と女達の間を歩きながら説明をする。浮かされたように 趙はフラフラと彼女の後を追っていた。 顔立ちの違いからさまざまな地域の女達が揃っている。 肌の白いもの、髪が茶色のもの、目が青いもの。人種の坩堝というべきか。 女の見本市のようである。そして、女達は妊娠順に並べられているようだ。 ここは五ヶ月目と言ったところか。少し膨れた腹を大事そうに摩りながら、 女達は皆小声で何か子供に語りかけているようだ。

「男手少ないある。ブ男のガキだと喰う気しないからね。可愛い子にやらせてんだけど、 すぐ腎虚になって不能になっちゃうある。根性無いね。」

 それもそうだろう。男の淫欲はあくまで自分中心のものである。 強制されてやるものではない。自分の快楽ならともかく、 女達に奉仕するには莫大な力が必要であろう。 しかも、それは食用と来ている。気が弱い者ならば、この有様を見ただけでも暫く女を抱く気にはなるまい。

「やっぱり、童貞と処女で出来たハツモノが一番ある。」

「ここには、何人の女が居るのでしょう?」

 コンが一人で喋り始めていたので、趙は搾り出すように、漸く声を震わせた。 何か声を出さねば、この雰囲気に飲まれて何も考えられなくなるところだった。

「千人ぐらいかな・・・日に二人ぐらい食える様にね。でも今日はお客様だから、もっと奮発するね。」

「しかし、このような所業は・・・」

「コンは悲しませたりしないある。悦ばせた覚えしかないね。」

 コンはそう言いながら、女の一人に近づいた。 自分の胎を撫でていた女は彼女に気が付くと、夢心地で両手を差し出す。

「あああ・・・コン=ロンさまぁ・・・食べて・・・食べてください・・・」

「可愛い子、コンが美味しく食べてあげるね。」

「ああ・・・ありがとうございます、ありがとうございますぅ・・・」

 女の瞳から、一筋の涙が零れた。趙は悪い夢でも見ているかのように、 いま自分が見ているものを現実として捉えられないでいた。 女はコンにしっかりと抱きしめられ、そして“私を差し上げます”“美味しくなります”と うわごとの様に呟きつづけている。コンはそんな女を暫く玩んだ後、 趙のほうへと向き直った。

「女達、コンが生食いしても歓喜に咽ぶように調教済ある。」

 コンはそう言って、突然、娘の小指を食いちぎった。女は身を捩じらせて泣き叫ぶ。

「ひーぃぃんっ! コンさまっ、コンさまっ!!! ああああっ!」

 趙は背筋が寒くなった。女は痛みで悶えているのではない、喜びなのだ。その法悦で輝く瞳と表情は 明らかにコン=ロンに対する絶対的な畏怖と尊敬、そして服従する歓びに溢れている。

「指一つでこの有様。子供を差し出すぐらい訳ないね。」

 コンは口の中で転がしていた指を、無造作に吹き出した。 蝋の様に真っ白な骨が一瞬光ったが、趙はそれ以上注意を払えなかった。 ここに居る女全てが、彼女のために、“美味しく食べられる”ことを夢見ているのだ。

 趙の顔色は真っ青であった。しかし、脚は自然と前に進んでいた。 趙の中で、ちょっとした好奇心が自分を動かしていることに彼はまだ気が付いてなかった。 暫く進んでいくと、産気づいた女達のケモノじみた声が聞こえてきた。 趙は耳をつぐみ、そして目を瞑った。男にとって、数十名の女たちがそろって 陣痛に打ち震えている場面を見るのは酷以上の何者でもない。 しかし耳からは女達の吠える声、産婆代わりの従者たちが湯と布を手に回りを往来している気配は感じられた。

「あう? どうしたある?」

 趙は漸く目を開いた。そして、喉を鳴らした。子供を抱きかかえ、乳をやっている女たちが目の前にずらりと並んでいる。 趙は慄然とした。母性に圧倒されたというべきか。男性では到達しえない“子供を産み育てる”姿にある種感動すら覚えた。 しかし彼女らは口々に“美味しくなるのよ”“もっと太りなさい”と我が子に声をかけている。 乳を含めて、彼女らは全てコン=ロンのものなのである。 しかし、乳を与えているのは少数でしかなかった。少し先では何か粥のようなものを与えている。

「ガキも、母乳で育ててもいいんだけどそれでは味が落ちるね。山羊の乳と薬草で作った粥、それと丹薬を飲ませて育ててる。結構手間が掛かるね。」

「あくまで、“食用”というわけですね。」

「そっ、食用。貧乏人の子供、泥臭いね。やっぱり母体からキチンと育ててないとオイしく頂けないね。」

 趙は漸く理解した。コンに差し出すことを夢見て自ら孕み、そして何より大切に、 そして美味になるように自ら気をつけて暮らしている。嬰児は彼女らの分身なのだ。 牛馬は如何に飼い主が手をかけても殺められることは望むまい。 しかし、彼女らは違う。自ら進んで己を、そして自ら腹を痛めた産んだ子を 自ら犠牲と、いや生贄として我が君コン=ロンの前にその身を投げ出すのだ。

「食べごろは、半年から一年ぐらいかなぁ。早すぎると肉がついてないし、大きくなると骨が堅くなるね。」

 コンは解説を続ける。そこまでしたなら味はどうだろう?趙の心に黒い考えが浮かんだ。 慌てて目の前の女について彼女に話を振った。

「この娘は? 肌が漆黒ではありませんか。」

「あう、西域よりももっと遠くに住んでる連中ある。このまえとっ捕まえてきたね。」

「そういえば、古に太陽が天より転がり落ちたと申します。 そのときに焦げ色の着いた一族があったとも。」

「普通の男にヤらすと、子供の色が落ちるある。 だからコイツらだけは男も黒い奴で交わせてるね。そうだ、今夜はこいつのにしよう。」

 コンはヒョイと、女から子供を取り上げた。嬰児はきょとんとしている。 普通の母親ならば泣き叫ぶところであろうが、女は平伏して、喜びに咽んでいた。 回りの視線が、女を恨めしそうに見つめている。 嫉妬の目だ。自分らが選ばれなかったことに彼女らは腹を立てている。

「そうある。良いこと考えた! 今日の料理は面白くなりそうね!」

 コンは小脇に子供を抱えて、小躍りした。そしてさらに二人ばかり子供を選んでいた。 選ばれた女は歓声を上げ、選ばれなかった女は嫉妬の炎を燃やす。そしてその目は自分へも向いていることに趙は気が付いた。 ここで漸く、その幼児たちを自分が食べる事を趙は思い出すことになった。

 一刻後、趙はコンと共に食卓についていた。来客が久しぶりなのだろう、 上機嫌なコンに比べて客である趙は浮かない顔をしていた。 趙のなかでは良心と好奇心がお互い一歩も譲らぬ戦いを繰り広げていた。 しかし、料理人たちがこぞって用意を始めると、少しずつ、 この奇妙な儀式を体験してみたいという好奇心の方が強くなって行った。

「まずは前菜ね。」

 四人の女が連れてこられた。 趙がおや?と思ったのは彼女らの腹はさほど膨れているように見えなかったことである。 もしかして、この女達を卓に給するのかと思っているうちに、屈強な男たちが 彼女らの足を掴みあげ、逆さに吊るした。 女達は逆さに釣られながらもコン様、コン様とうわ言の様に繰り返している。

 コンが調理人に命じると彼らは大きな包丁で女の胎を裂き始めた。

「あああああんっ・・・」

 どっと血が床に吹き零れる。身を捩らせる女達を無視して 調理人はもくもくと作業を進めていた。

「あっ、やっ、やあああつっ!!」

「うぅうううーーんっ・・・」

「はっ!はあぁっ!!!」

 それぞれがそれぞれに悲鳴をあげる。明らかにそれは嬌声だった。 胎を裂かれた女達はそのまま捨て置かれているが、どくどくと流れる血が川となりつつも、 己の血が流れることで無上の至福を感じているらしい。 料理人たちは女の胎から何かを取り出し、水と酒で洗い清めている。

「さぁ食べるある」

 趙はギョッとした。調理人の持ってきた皿の上には拳ほどの胎児が四つ並べられていたのだ。 見た目は凄く悪い。しかしその香りにつられてじっとそれを見つめていた。 コンはそのうちの一つをヒョイと手にとって、何かの液体につける。

「蜜をつけて食べるよい。」

 コンは美味そうにそれを口にした。食べ物だ、食べ物だと思えばよい。 趙も恐る恐る、それに習った。指先には明らかに人間の柔らかな手触りである。 趙とって動かないのが唯一の救いだった。実のところ、胎児の鼓動はしっかり 時を刻んでいたのだが、彼が一口噛んだところでその時計は動かなくなった。

「どうか?」

「・・・はい、コリコリとして・・・なんとも言い難い・・・」

 ふぅと趙は溜息をつく。まるで良く締まった茸のような食感だった。 蜜の甘味と胎児の持つ体液の塩加減がなんとも上手く絡み合い、 噛むほどに味が染み出してきた。

「これはやはり、食用として育てたからでしょうか?」

 くどい、と思いながらも趙は尋ねていた。 流れている血も体液もまたなんとも言えない味わいがあった。 そしてまた、出来ているか出来ていないかの骨の食感が趙の舌を喜ばせる。

「もちろんね。手塩にかけて育てているから良い味だしてるね。」

 気が付くと、趙は二つ目に手を出していた。そうだ、たしか『西遊記』にも描かれていた。 人参果だったか言ったか。そうだ、コレは胎児ではない。女の胎で育つ茸だと思えばよい。 趙は今度はゆっくりと、そして確実にそれを味わった。まだ出来かかった内蔵が まるでどろりとよく熟した果実の様に感じられる。

 そうしている間に蓋のされた大きな皿が三つ、並べ始められた。 趙の良心は既にどこかに行ってしまい、次の料理の味を心待ちにしていた。

「あう、やっと来たな。 じゃーん、こんなのある!」

 コンが蓋を開けた、趙は思わず唾を飲み込んだ。 丸々とした幼児に出汁がかけられ、その匂いだけでも食欲をそそった。 一つは揚げ物、一つは煮物、一つは焼き物。 それが上手く白、赤、黒の三色の色合いを織り成している。

「三色嬰児合盛ね。遠慮なく喰うよい。」

 趙はまず、焼き物に手をつけた。色が真っ黒なのは先に見た黒子の子供であろう。 手をひねると簡単に胴体から外れる。それを口に運ぶ。舌の上でとろけるほどの いい焼具合、そしていい肉である。骨をしゃぶってみる。じゅるりと髄が喉を通った。

「うむぅ・・・ぅぅう・・・」

 趙は唸っていた。どんな上等の豚でもこんなに良い味は出せない。 旨味というものがあればこれに凝縮されているに違いない。 次は揚げ物。今度は脚をちぎる。衣の下から覗く脂と肉に趙は思わずむしゃぶりついた。

「あう、骨も柔らかいから、そのまま食えるよ。」

 バリバリと、軟骨ほどしかない骨ごとまる齧る。 どんな若鶏よりも豊かな風味でしかも柔らかい。 牛馬の子供なら、生まれてすぐに立ち上がることが出来る。 虎や狼から追われてもすぐに逃げられるように自然がそう計らったのである。 しかし、人間の嬰児は違う。丸々と太るだけで這うことすら出来ない。 何よりも肥えて、何よりも満たされている存在。 つまり・・・それだけ美味いという事か。趙は一人納得し、更に真っ赤な色の煮物に箸を進める。

「おおお・・・なんと柔らかな・・・」

 真っ赤なのは血が固まっているからであった。とろりとした血漿と 溶けかかっている肉の味、ぷちゅぷちゅと音を立てて喉の中へと流れ込むそれは 羽化登仙の域に趙を達させる。

 食べ物でも恍惚感を与えてくれるのか、趙は慄きながら今度は揚げ物の首を鷲掴みにし、 ちょっとひねる。何の抵抗も無くそれは趙の両手に納まった。じゅっ、じゅっと 目玉を啜って口の中で玩んだ。頭をがぶりと噛むと未発達の頭蓋骨はぺこりと折れて よく蒸された脳味噌の甘い味が彼の心までをも奪いかけた。

「幾らでも喰えますね・・・」

 煮た赤子の内臓を両手で掻き出して、趙はそれを頬張った。 肉を食ってないので臭みは無い。適度の弾力があり、食いでがあった。 しかし、趙の食欲は刺激される一方である。どんどんこの美味なる膳を腹に入れたかった。 自分と同化させたかった。コンはそんな趙の様子を満足げに眺めていた。

 趙は夢心地のまま索の国に戻った。王の前での報告もなんとも要領を得ず、 家に戻ってもただ取り留めのない話を繰り返すだけとなった。 そして身持ちが堅かったのが、妾を何人も作り、日に夜に淫楽にのめり込むようになった。 温和だった振る舞いも次第に粗暴になり、女中の叫び声が家の外まで聞こえることもあった。

 そしてある日、様子を身に来た友人は一家を惨殺し、返り血を衣服や髪の毛にこびり付かせたまま その生肉を喰らう趙の姿を見つけた。故事に曰く、人肉を食すと気が狂う。


???