ひまつぶし




 山に四方を囲まれた小さな寒村、 十数の家々が猫の額ほどの平地に肩を寄せ合うように存在している。 そこには、少しの農地を耕しながら貧しいながらも慎ましく暮らしている人々が住む。 そして見知った者通し、困ったときは助け合い、 物が無ければ分け合って辛い事が多くても、それなりに楽しく暮らしてきた。

 そのうちの一軒に目を向けてみよう。殺風景であるがこざっぱりとした小屋は 物が無くても常に希望を忘れない小さな家庭がそこにはあった。

 日々の野良仕事で節ばってしまいながらも優しく、暖かな父。 一家を裏から支える、ふくよかで明るい母。 着飾ることは叶わぬが、それでも美しく、賢い娘。 そしてまた新たな命がこの家族は授かっていた。ゆりかごですやすやと眠る弟。 少々恍惚の目をしながらも祖父がそんな家族を見つめている。

「ああ、寒くないかい?」

 父は暖炉に火をくべている。娘と母は編み物をしていた。 二人は微笑みで父親の気遣いに答える。多くを語らなくても通じ合える家族。

 夜は次第に更けていく。突然、父は娘に無言でのしかかってきた。 一瞬何かの冗談だと想って娘は抵抗しなかったが、父親は衣服を剥ぎ取ってしまう。

「!? お父さん!?」

 娘は何が起きようとしているのかすら判らなかった。 父親の目は血走っていた、ズボンを慌ただしくおろす。その股間には一物が怒張している。 娘は初めて見る異形の物に恐怖の声を上げた。

「いやぁーーーー!!!お父さん!いやぁ!!!放してぇ!!!

 父の脂ぎった手のひらが彼女の熟れやらぬ乳房を鷲掴む。 厭わしさに体中の肌に粟が立った。これは父じゃない、そう直感したが事情は変わらない。 父親に襲われていると言う現実はどうにもゆるがせないのだ。 彼は娘の下着を剥ぎ取り、彼女を全裸にする。

 嫁入り前で、まだ良い人すら居ない娘には素肌を晒す事ほど 羞恥の念を起こさせないだろう。喩えそれが父親であっても、 いや、父親である事と言う異常さが彼女の思考を余計に混乱させる。 そして未だかつてその用途すら知らない自分の秘所に指を這わされると本能的な嫌悪を覚えた。 必死に抵抗するが所詮屈強な農夫の男には娘の力など取るに足らない。

「いっ・・・いたぁい!! 痛いよぉっ!!! やめてェ!!」

 父親はそこをこじ開けようとする。神経の集まるそこは乱暴に扱われて酷く痛む。 父は自らの硬い欲望で娘の柔肌を蹂躪しようとしていた。 口の中を徐々に噛み切っていくような痛みが娘の下腹部に響き始める。

「痛ぁぁいい!!!!」

 血が一筋、結合部分から流れ落ちた。彼女は純潔を失った。 ゆさゆさと父が体を動かしている。その動きが何を意味するのかも娘は分からない。 痛みが酷くなるだけだ。痛みだけでは無い。屈辱、そして絶望で身動き一つ出来ない。

 母親も理性をかなぐり捨てて、雌犬のように交わっていた。 相手は自分の義理の父親。彼の老化した頭では現在の状況など把握出来ず、 ただ込み上げる情念と忘れかけていた性の圧迫感に息も絶え絶えに成っている。 一歳に満たない弟も、その親指ほどの物を指でさすっていた。 年齢に似合わない、無邪気な彼が知るはずの無い卑猥な笑いを沸かせていた。

「あーう、そろそろいいコロかな♪」

 夜の闇から金色の髪の毛と瞳が浮き上がり、人の形を取る。 薄く、素肌すら透き通る紗を纏った女の姿、月の光が彼女の相貌を撫ぜる。 彼女の名はコン=ロン、淫蕩なる邪仙。

 暫く山に篭もっていて暇を持て余していたのだ。今日は月も奇麗なので ちょっと遊んでみる事にした。彼女の力を持ってすれば、 人間を性の野獣に変える事など造作も無い。人間が色欲に没頭する様はコンにとって興味深く、 愚かしく滑稽で、つまり面白い物である。

 しかし、全員が全員を狂わせてしまうと余りに品が無いし、変化に乏しい。 だから村人の1/3は正気のままで残す。残しはするがそのうち狂う場合もある。 それも良し、ただ、その過程が楽しい。他人を泣き喚かせる喜びは コンにとって楽しいものの一つであった。自らが恐怖を運ぶ事、 それはコンに自分と言う存在の実感を与えてくれる。

 家畜と交わっている老人に一瞥を食らわせ、コンは村の中に入っていく。 あちこちから聞こえる呻き声、喘ぎ声、そして悲鳴。 そのハーモニーはコンに一時の満足を与える。思わず、顔がにやけてくる。

 行く手に一組の男女が交ぐわっていた。 年の頃は同じぐらい、娘は美しかった。夜中の逢い引きの途中だったのかもしれない。 こうなる事は初めてだったかもしれない。しかし、 彼らに過去を振り返るほどの理性が残っているとは言い難いが。 コンはスタスタと二人に近づいていった。

「てーい♪」

 無造作にコンは男の頭をサッカーボールよろしく蹴り上げた。 バシャ。間抜けな音とともに西瓜のようにあっけなく脳髄と血が飛び散る。

「あ・・・あ・・・ああは・・・はあ・・・」

 人間が頭を失い、死体に成った瞬間を目撃する事は精神衛生上よろしくない。 返り血や肉片を体中に浴びた少女が発狂気味であっても、誰にも咎められないだろう。 それでも体を駆け巡る甘い痺れからは解放されない。コンの影響力が著しく強いからだ。

 コンは彼女を無理矢理立たせ、その口に接吻する。 ううっ、と始めは嫌がるが、彼女の方からコンの口を吸いはじめる。 何者よりも強い愉悦が唇から流れ込んでくるのだ。 少女はかつて持っていた貞淑さなどかなぐり捨ててコンの唇を貪る。

 そうしていると少女は苦しそうにもがきはじめた、 しかしコンは唇を放そうとはしない。次第に彼女の下腹部がだんだん張りはじめた。 目を白黒させている少女に対し、コンは空気を彼女に送り続けているのだ。 特に意味はない、前やったときに面白かったから、それだけである。 パン、彼女の身体が裂けた。盛大に腸がはみ出る。

 コンは満足した表情で死骸を家の壁に叩き付ける。 子供がおたまじゃくしを地面に叩き付けて内臓を破裂させた様に 少女のからだは肉片となって壁に張り付いた。

 コンが村の中央まで歩くと村人たちもそれに釣られるように広場に集まってきた。 五十ばかりの老若男女。今まで抱いていた女の髪の毛を引っつかんでくるもの。 獣の格好で交わりながら歩いてくるもの。五歳になる息子を後ろから犯している父親。 歓喜極まって引き裂いた母親の残骸を両手でぶら下げた兄弟。 この世の腐敗の全てを映し出したような光景にコンは満足げに頷いた。

「少し暗いな、明るくするね。」

 彼女はそう言うと、火炎の弾を幾つか立ち並ぶ家に放った。 木造の家はあっと言う間に火の手に包まれ絶叫が村中に響き渡った。 家にはまだ残っている人間も居る。肉の焼ける臭いが鼻を突く。 焼け落ちる家屋から火だるまになった人間が転げ出る。 断末魔が響き渡るが、今残っているの者はほとんど正気を失っている。 コンは構わず、号令を掛けた。

「あう!みんな、無礼講あるね。気持ち良いコトするよろし!!」

 勝手な事を言うと、コンは彼らの輪の中に入った。 しかし、彼女は享楽を共にする訳ではない。老人の頭に、自らの手を突っ込んだ。ずるりと嫌な音がした。 彼女は脳から直接、彼の今までの人生全てを吸い取っていく。 吸い取られる老人の表情は苦悶に歪む。今までの全ての記憶を完璧に再体験しているのだ。 そして、現在の時点に来たとき、“死”というピリオドを迎える。 コンはふぅと一息ついた、しかし人間の一生などコンにとっては一杯の安酒の価値しかない。 次の遊びを考えながら新たなる犠牲者を探す。

 次は若者を狙った。彼は先程雌牛に挑んでいた者だ。 コンは気を集中して彼の身体組織を変化させた。彼の体は次第に獣の毛に覆われ、 顔が長く、そして愚鈍な表情へと変わっていく。牛の姿に似てきている。 が、その男根はまるで馬のように巨大に天を突いている。 圧倒的な畜生の情欲に耐え切れず、半牛半人の怪物はメスに飛びかかった。 悲鳴を上げた女はその巨大なペニスに子宮の奥まで破り抜かれる。 秘所からドクドクと血が流れるのも構わず、化け物は内臓と戯れる自分の 息子の感覚に陶然と身を震わせた。

 こうしてコンは一体と成った二人を本当に一体にしたり、 脚を引っこ抜いたり別の者にそれを付けたり、内臓を這わせられる様に改造してやったり、 その内臓で女を犯させたり、男の体に女陰を付けたり、男の一物を 幾つにも増やしてやったり、死ぬに死ねない体に改造してやったり、 凡そ彼女が思い付く限りの“遊び”を現実にしていった。

 何の予備知識も持たずにこの狂宴を見れば、こう思うだろう。悪魔の狂演、サバト。

 肉はうねり、波となって村人たちを巻き込んで大きな渦と成る。 それは誇張ではない。コンの力が強く成るにつれ元の形を成さなくなっていったのだ。 形を変えていく途中でそれを固定するのが面倒に成ってった彼女は 不定形のままで満足するようになる。結果として奇妙な奇形の外世の生き物が出来上がる事になる。

 全ての村人たちと一部の家畜、そして木々や家の家財道具等が 滞りなく交じり合い溶け合い一つに成った頃(それに魂があるのかは疑問だ)、 ようやく彼女は遊びに飽きた。日もそろそろ昇って来るだろう。 退散しどきだと彼女は思った。

「あう、来たときよりも美しく、ある♪」

 彼女の放った衝撃波は全ての物質を塵に帰すのに十分だった。 融合しきった肉塊はずぶずぶと音を立てながら土に帰っていく。 村もその存在は初めから無かったかのように家も小屋も柵も、 道すら不毛の空き地の一部へと呑み込まれていった。

 こうして又、一つの村が消えた。
小さな村である、人の記憶からも十年もすれば噂にも上る事も無くなるだろう。 しかし、彼女の、破壊の張本人コン=ロンの記憶からは三日ももたなかった。 彼女にしてみれば、一々覚えているだけの珍しい事では無かったからである。


???