ゴキブリ
女が部屋に連れられて、すでに三時間が経過していた。 汗だくのベットの上ではボールギャグを咥え、 両手をベットに括りつけられた女が全裸で、精液に塗れた肢体を晒している。 少々大柄な彼女は二十代後半か、腰まである長い黒髪がベットや身体に張り付いていた。嬲る、という字は良く出来ている。二人の男が延々、彼女を苛んでいた。 性器はもちろん、少々顎の細い顔にも、椀をかぶせたような大ぶりの乳房にも、 そして彼女が今まで体験したこと無い肛門にも彼らの蹂躙の後が残らない場所は無かった。 しかし、女は屈しなかった。ギャグを噛ませていなければさっさと舌を噛んでいただろう。 彼女には何の落ち度も無かった。不幸だったのは彼女の恋人が偶々この組織に首を突っ込んだ事だった。
「姐チャンよぉ。そろそろ降参しなよ?」
スキンヘッドの、脂ぎった男が3回目の射精を行った。 女を汚すことしか能の無いタイプの男だ。 女は顔をそむける。その横顔は透けるように美しかった。 射精をしたばかりの男の棒は再び活力を取り戻す。 その仕草、その瞳、今触れている身体の感触、吐息。 彼女の全てが、男を必要以上に刺激するように出来ていた。 男好きのする身体だと、恋人にもささやかれた。 その時は嬉しかったが、今は最悪の状態にあった。
「性根入れ替えてくれなきゃ、先生呼んじゃうよ?」
もう一人の男は、少し背の低い、痩せて陰気な男であったが、 部屋の電話からその“先生”なる人物を呼び出してもらっているところだった。
組織は表向きは普通の、それでも違法な売春組織ではあったが、 国際的な人身売買、特に性奴隷の交易にも手を広げていた。 恋人というのは三文記事のライターで、 ちょっとした正義感を出したのが運の尽きだった。 少しかぎまわって、幾つか写真を撮って、家で編集していたときに 男たちが踏み込んで来た。彼女もその時そこに居た。 だからこうして連れて来られた。
百鬼夜行の雑誌業界、誰かが雲隠れするのは日常茶飯事。 一人のカップルが行方を消したところで、同業者は“やばい仕事に手を出したのだろう” と当たり前の様に納得すしてしまう。もちろん、男だったらすぐに消してしまっても構わない。 しかし、女は商品として価値があった。
「先生、すぐ来てくれるってさ。コイツも可哀相にな。」
受話器を置いて、男が近づいてくる。 先生?もしかすると、薬で狂わされてしまうのかもしれない。 しかし性の売買に使うなら薬物では消耗が激しいと彼が昔言っていた気がする。 どちらにせよ、肉体だけの存在に成り果てるぐらいならば死んだほうがマシだった。
「いいか、先生がどうにか出来ない女は居ねえんだ。 正気を失いたくなかったら降参した方が利口だぜ?」
正しく事柄を伝える為には、男は“理性”というべきであっただろう。 悲しいかな、男の貧素な語彙能力は“正気”という言葉を選んでしまった。 彼女はそれを、気を失われるまで弄られるものだと解釈した。 ならば耐えてやる、正気が飛んでも耐えてみせる、女はそう考えた。
口が利けないのか、そう解釈した男はギャグを外してやる。 女は待ってましたとばかりに唾を飛ばした。
「このアマァ!」
「止せ、折角の上玉に傷つけたら俺たちが先生送りになっちまう。」
痩せた男が制す。スキンヘッドの男は、ぞくりと顔色を変えた。 女が不安を感じた瞬間、部屋のドアがノックされた。 二人は顔を見合わせて、痩せたほうが恐る恐る近づいて、ドアを開いた。
「や。」
「先生、コイツでさぁ。」
白衣に身を包んだ先生と呼ばれた男は、三十は越えてないように見えた。 髪はボサボサだがけして強面ではない。むしろ童顔と言って良いだろう。 大人しそうな表情に女は思わず拍子抜けした。 しかし、二人の下っ端はすっかり怯えている。 医者というより、農学辺りの大学教授、いや助手辺りの雰囲気である。 右の手には何やら、箱のようなものを下げていた。
「これなーんだ?」
“先生”は右手を高々と差し上げた。虫かご? 明かりに照らされてその中身を知ったとき、女は叫び声を上げた。
「ごッごッごッごッゴキブリィィィ!!」
「ご名答、コイツは日本でもっとも黒くてデカイ、クロゴキブリって奴だよ。」
うっとりとした表情で“先生”は虫かごを眺める。 何匹入っているのだろうか。かごの中は絶え間なく動きつづける 昆虫の色に真っ黒に染まっていた。
“先生”は闇色の虫かごの扉を開き、一匹その手に乗せた。 ゴキブリはカサコソと、彼の掌の上で全力で走り回っている。 女は先ほどまでの落ち着きは何処へやら。慌てふためいていた。 狂気、ソレに近いものが存在した。
「慣れると可愛いものだよ。」
「いやぁぁあぁ! 近づけないで! ダメダメダメ!!!」
ついとゴキブリの乗った手を女のほうへ差し出した。 女は一層激しく身体を打ち震わせて懇願の声を張り上げる。 “先生”はその仕草を見て、フウと溜息をつく。
「どうして女性ってこの美しいまでのフォルムが理解できないのだろうか? うん、だから僕は一つ仮説を立てたんだ。」
“先生”は、這いまわるゴキブリに目を留めたまま、彼女の足元に腰を下した。 女の足は“先生”を避けようとギリギリまで足を自分の側へと引き寄せる。 結果として彼女の足と太ももはまるで産婦人科の診察台の上にでも居るように、 Mの字になって彼女の大事な部分を無防備にしてしまった。
「英語で言うとcockroach、“cock”、つまり男根って言葉が入っている。 蹂躙するものと言う意味を女性は無意識に持っているのではないかと思うんだけど如何だろう?」
“先生”は虫かごをベットの端に置くと、その指を女の性器に這わせた。 白い液体を黒々とした陰毛になすりつけてやる。 もっとよく見えるように、そしてこれからの作業に差し支えないように。
「実験してみる必要があるよね。ゴキブリを入れられた女性器がどうなるか。」
「ヒィィィィ! イヤあ! それだけは嫌ぁ!」
女は足を交差させてこれから起こるだろう事を避けようと試みる。 “先生”が顎で合図すると、今まで控えていた二人の男が両側から女の足を押さえ広げる。 男たちの腕の筋肉が盛り上がった。何とか足を開かせるが、 火事場のバカ力というべきか、女は意外なほど力を発揮していた。
「なんでもしますから、なんでもしますからそれだけは!」
「・・・言葉使い悪いね、この娘。」
「なっ、何でも致します! それだけは辞めてください!」
「なんでもするんだね? なら、とりあえず一匹。」
“先生”の指が女のラビアを摘み上げ、もう一方の手でゴキブリを押し込んだ。
「いヒィィィいイィィィィ!!」
女ははっきりと、ゴキブリのテカテカと脂ぎった頭が挿入されるのを感じた。 そしてその六本の鍵爪が膣内の粘膜を踏みしめて奥へ奥へと進んでいく。
「取ってェ! 取ってぇぇ!!! お願い取ってぇぇぇ!!!」
痛み、それは自分の中に異物が入っていく痛みでもあったが、 自分の体内に異生物が入っていく痛みであった。 男が入って来るのとは違う、絶望的な痛みが後に残る。
目を見開いて、瞳孔さえ一杯一杯に開きかけている彼女に向かって、 “先生”は穏やかな顔で諭してやる。
「もう無理だね。君の子宮にすっかり入り込んだから。」
絶望、女の顔は真っ青になった。落胆が激しいと死すら自覚が出来なくなる。 自分の魂、人間性すら汚された気持ちに彼女は陥っていた。 もう、天国には行けない、地獄に落ちるんだ。 まるで悪魔と契約したかのような錯覚があった。 “先生”はそんな彼女を全く無視してベットの端に置いた虫かごに手をやっていた。
「さて、二匹目行ってみようか。さっきのはメスだから次はオスね。」
「イヤァァァァァァ!!」
“先生”は二匹目をかごから取り出した。ビクビクと震えるソレを ビクビクと震える女陰に押し付けた。女は全身が血の気を失っている。
二匹目がごそごそと、湿った場所にもぐりこんでいく。 二度と戻れない。戻ることの出来ない場所に彼女自身押し込められてしまった。
「そうそう、この話知ってる?テレビのビックリ人間でさ、 ゴキブリ生食いした奴が居るんだって。そいつ、急に死んじゃったんだけど、 病院で解剖したら胃の中がゴキブリで一杯だったんだってさ。」
「うひいいいいいい!!」
“先生”は女の両手から、縛めをはずしてやる。 色を失って冷たくなった乳房に、ゆっくりと指を這わせる。 感覚を失っているのだろう、反応は無い。
“先生”は掌で彼女の大きな胸の感触を楽しんでいた。 ゴキブリを触った手、と言う意識は彼女のなかから既に飛んでしまっていた。 もうそれどころではない。
「オスとメスを入れたわけだから、君の子宮の中はそのうちゴキブリで一杯になって、 膣や卵管を食い破って、ゴキブリがワラワラと出て来るんだよ。 もちろん、全身に激痛を伴いながらね。」
“先生”は額にキスをしてやった。女の瞳は輝きを失っている。
「一つだけ方法があるんだけど、・・・助かりたい?」
瞳に火が灯った。すこし、頬にも赤味が差している。 “先生”はじっと、彼女の瞳を見つめていた。 体中の愛撫を止めず、少しずつ彼女の身体をほぐしていく。
「冗談みたいに聞こえるかもしれないけど・・・精液だよ。」
きょとんとする女に、“先生”はにこりと微笑んでから説明を始めた。
「人間の体内で、胃の中でさえ生存できるゴキブリも、精液に含まれる男性ホルモンは苦手なんだよ。 残念ながら新鮮な精液にしか含まれないから殺虫剤で使うわけには行かないんだけど。」
“先生”はスキンヘッドの男の、既に萎えていた男性器に手をやった。 男はびくりと後づさるが、“先生”からしっかりと握られていたので それ以上動くことは出来なかった。女は妖しげな瞳で、その器官を凝視している。
「さ、搾り出してごらん? 一刻一秒を争うんだよ?」
助かる!女は一声、野獣の様に叫んで男に踊りかかった。 獣、そう言ってもいいかもしれない。生存本能に突き動かされた一匹の雌虎。 ほんの十数分前まで確固として存在した彼女の強い意志は、 アッサリと古い本能にとって変わった。
食いちぎられそうな勢いで抱きつかれた男は、 勃起もしてない自分の性器を貪る女に恐怖で身を凍らせていた。 女は手でしごいたり、乳房を押し当てている。
「出さなきゃダメだよ。そのためには男を気持ちよくしてあげないと。 痛くすると、射精してくれない。あくまで優しく扱うんだ。」
“先生”は女の後ろからその手を取って、ゆっくりと男の逸物に指を這わせてやる。 優しくとはどういうことなのか、手取り足取り教えていくつもりだ。 指を一本だけ立てて、物の裏側を這わせる。左手で亀頭の裏をくすぐり、 右手で袋の襞を数える。口も使うことを教える。 まずは唇で、そして舌をだして徐々に吸わせていく。
「口から飲みこんでも構わない。男性ホルモンは血液を伝って、君の子宮に 必ず辿り着くからね。もちろん、直接膣から摂取したほうがいいんだけど。」
“先生”は胸を使うことも教えた。乳首が、そして乳房が男にとってどれだけ 快楽に値するか、じっくりと教えていく。
「後はこの人が教えてくれるはずだ。うん、君も気持ちよくなれば、なお良いんだけどね。」
「うっ!!」
男が射精したのを見計らって、痩せた男と共に“先生”は部屋を後にした。 自分から進んでしない、望まないSEXは疲れるものだ。それを、あと五〜六回は男は付き合わされることになるだろう。 まぁ、アイツのことなら心配は無い、彼はこのための要員だからだ。
「先生、いつもながらお見事です。」
「ん、いやそれほどでもないよ。君たちにはいつも新鮮な実験材料を提供してもらっているし。」
先生が掌を開くとゴキブリが彼の目をじっと見つめていた。 男は少しギョッとしたが、すぐに腰ぎんちゃくの姿勢に戻る。
「ホント、ソレ良く出来ていますよね。先生の奇術のお手並みも素晴らしいや。」
先生が手を翻すと、ゴキブリの姿は消えた。
「前にも言ったけど、殺精子ゼリーを固めた物だよ。 僕が言うのもなんだけど、このシステムは画期的だよ。 “お勤め”の前に入れてやれば、女は嫌でも精液を貪ろうとする。 見た目が淫乱に成るのが玉に瑕だけどね。」
“先生”は今度は三匹のゴキブリを取り出して、手の上を這わせた。 女の身体に挿入するときも、気がつかれないように棒で押し込んでいたのだ。 小手先のマジックと、口先のマジック。彼が言ったことは本当に嘘八百だ。
「大事なのは、心も犯してしまうことです。 ま、必要とあれば僕が避妊手術やってあげるけどね。 子宮を、ゴキブリの異常発生で摘出するとか言って。」
「本当に、ボスは恐ろしい人です。先生を見出してしまうなんて。」
「あのひとは僕の先輩だよ。そうだ。君も出入りで命を落とすぐらいだったら僕の実験に協力しないか? 上手くいけば今の体組織の三倍相当のパワーを引き出せるようになるよ。」
「そっ、それは勘弁願いてぇです。」
先生の“実験”が成功した試しはない。 むしろ、組織への裏切り者への見せしめとして彼の存在は大きかった。 「先生のところに送るぞ」といっただけで、大抵の者は大人しくなった。 彼女の恋人なる人物も今ごろは失敗した実験の廃棄物として処理されていることだろう。
「誰でも同じだよ。叩いて捨てて、おしまい。」
そう言うと思い出したように“先生”は浮かない顔をした。
「そういえば、彼女の名前聞くの忘れたね。・・・って、もういらないのか。」
思い違いを振り切るように、“先生”は前に処置を行った女たちを診察することにした。 ゴキブリにとり憑かれた、哀れな犠牲者達を。