人外ちかたん





「兄くんは……… チョウチンアンコウという魚を……… 知っているかい?」

 千影は僕の顔を見るなり、いつものように謎をかける。
 彼女が現れると、朝の通学路だろうと真昼の公園だろうと、夕焼けの浜辺ですら漆黒の闇に取り憑かれたような雰囲気になる。
 僕は戸惑いながらも、いつもどおり、持てる知識の範囲の中で答えを返す。

「深海魚だろう? 頭に釣り竿みたいなのがついていて、それで餌を誘き寄せるんだ」

「ふふふ………兄くん………それはメスなんだよ………
 オスは………餌は取らないんだ………」

「じゃぁ、オスはどうやって栄養を取るんだい?」

「オスはとても小さくてね……… メスの身体に寄生するんだ………」

 僕は、寄生と言う言葉に嫌悪感を覚えたが、千影は妙に、嬉しそうな表情を浮かべている。
 彼女は僕の妹ながら、怪しげな知識と技に精通している。オカルト関係なら、ムーを読むより彼女に聞くほうが速いぐらいだ。
 かといって、オタクであるというわけではない。一般常識は身につけているし、他人を、特に僕を思いやる気持ちは、誰にも負けない。
 物憂げな表情と、並ならぬ発想。紫の髪は鬢を残してアップ、ゴシック系の服を完璧に着こなす、白い項の少女。
 たまに、本当に人間離れした所を見せるが、それでも僕の、大事な妹だ。

「深海では………オスとメスは出会いにくい………
 だから、オスはメスに寄生して………精子を供給する………
 彼の生存理由(レゾン・レートル)は………性の営み、ただそれだけ………
 素敵な生涯だと思わないかい………」

 何か企んでいる時の、含み笑いをしている。僕はわざとそっけなく聞き返した。

「ふーん。 それで………」

「そろそろ……… ころあいかと思ってね………」

 僕は次の言葉を継ぎそびれた。急に近づいてきた彼女の顔に気を取られた刹那、僕の唇は彼女の唇で塞がれた。

 僕は暫く、息をするのも忘れてしまった。全く、「甘く美しい」と書いて「甘美」だなんて、誰が作った言葉だろう。
 彼女の繊細で白い指先で、脳の皺を優しく愛撫されたかのようだった。

 麻痺しかかった感覚が、ふいに戻ってきた。永劫に感じた時間は、ほんの一瞬だったようだ。

「今夜……… 私の部屋を尋ねてくるといい………
 もっと良い事をしてあげよう………」

 僕は、首を縦に振った。自分が兄で、千影が妹だと言う事も、この際どうでも良くなるほど、彼女に心を奪われていた。



 真夜中の彼女の家は、いや、館と言うほうが正しいだろう。
 吸血鬼や狼男やフランケンシュタインの怪物の潜む、ホラー映画のセットのようだ。
 いや、実際住んでいてもおかしくは無い。現実を感じさせないほど、悪夢のような気配に満ち満ちている。

 ぎい、と古めかしい音を立てて扉が開く。誰も、居ない。独りでに開いたのだ。
いつもの事だけど、心臓に悪い。
 仕組みはわからないが、多分自動ドアなんだろうと自分に言い聞かせながら、僕は館の中に入っていく。

「ちっ、ちっ、千影ちゃん!?」

 リビングで、千影は一糸纏わぬ姿で、じっとこちらを向いていた。まるで、陶器でできた女神像。
 値段なんか、つけようが無い。髪の毛は艶やかに耀き、彼女の薄っすらと朱に染まった完璧なプロポーションは美しさよりも淫靡さを湛えていた。

「兄くんの……… 好きにするが良い………」

 彼女の呟きで、僕の理性が弾け飛んだ。気がつくと、小ぶりであるが形の良い胸に顔を埋め、その頂きを幼児のように吸い、右手は、千影の恥丘を彷徨っていた。女体からは、ほんのりと甘い香りが漂っている。そして彼女の汗も、甘い。

「兄くんは……… せっかちだね………」

 彼女の掌が僕の甲に乗り、クレバスへと導いた。まるで別の生き物が深呼吸をしているかのように、ぱくりぱくりと、餌を飲み込もうとしている。まるで先に言っていた深海魚の様に。

「私は………ここだよ……… さぁ………おいで………」

 僕は千影に押し倒された。力が抜けてへたり込んでしまったのだ。そこに彼女が、馬乗りになった。抗う気すら起こらなかった。

 時々、自分の体が千影の肌に吸い込まれたように錯覚した。餅肌という表現があるが、彼女のはゼリーのようだ。油断すると、彼女の体内にするりと入り込んでしまいそうになる。

「ふふ……… 入れるよ………」

 普通なら男の台詞なのだろう。身動きできず、ただ勃起するばかりの僕の性器が、彼女の粘膜に覆われる。

「ううっ!?」

 熱い。燃えるような粘液の中に吸い込まれるように、彼女の胎内へと僕は押し込まれる。

「ああああ………っ」

 締め付けの強い女性器を俗に“キンチャク”というらしいが、千影の膣はまるでイソギンチャク。所狭しと触手で埋め尽くされ、しかもその触手には微細な繊毛がビッシリと生えているようで、絶えず、プルプルと震えていた。

「フフ……… 兄くんは遠慮深いね……… 好きにして良いと言ったのに………
 ピクリとも……… しないんだからね………
 私が……… 動いてあげよう………」

 身を振るわせる千影。彼女はそう言っているが、僕は全然動なかった。今にも射精してしまいそうな感覚を抑えつけるのに手一杯だったのに…

 ぐちゅり。

 千影の女性器が、淫靡な音を立てた。ペニス全体にくすぐったさが走る。

「ううぅうっ?」

 絡みつく、なんて生易しいものではない。ぬかるみに足を滑らせたとき、どう表現したらいいだろうか。もがけばもがくほど、抜け出せなくなる、そんな感覚だった。

 ぐちゅり、ぐちゅり。

 彼女の愛液が僕の尻を通過して、シーツをぐしゃぐしゃに濡らしている。物凄い、どろりとした、愛液。

 千影の顔が赤らんでいく。彼女の瞳が、潤んでくる。だが、その興奮はどの程度のものだろうか。女を犯す男のような感じなのだろうか、犯されているのは僕のほうなのだが。

「うぁっ! そこはっ!!」

 千影の指先が、僕の乳首を転がした。くすぐったさと紙一重の、呼吸が苦しくなるほどの快感が走る。男なのに、こんなに感じられるものなのだろうか、と不思議に思う間もなく、僕の内腿にも力が入った。

「で……… でちゃうよ………」

 懇願する僕の眼を、彼女は冷ややかに、それでいて暖かく彼女は見つめ返す。

「出せるだけ、出すと良い………」

「あっあっ、うっ?」

 彼女の言葉と共に、そして快感と共に射精が始った。気持ちよさとともに、一斉に精液が放出される。

 間髪おかず、ペニスから精液が吸いだされる。彼女の子宮口が、本当の口の様に僕のペニスをしゃぶっているのだ。じゅっ、じゅっ、と、音を立てて、尿道に残る精はすべて吸い取られる。

 射精した直後だというのに、僕のペニスは先よりもずっと堅くなる。密集した触毛が刺激を続けているのだ。射精感は無いが、変な気持ちになる。思わず、声が出てしまう。

「あ……あ………あ…………」

「怪訝そうだね……… ふふふ………
 兄くんの想像どおりだよ……… 人間の女性は………
 私のようには……… なっていない………」

 彼女の台詞も、僕の尻にもぞもぞと近づいている何かに気を取られて、深い意味を取り損ねてしまった。

「千影ちゃん!! うっ後ろからなにか!!」

「気にすることは無い………それは私の尻尾だよ………」

 !!

 僕は思わず、千影から離れようとしてしまった。
 だが、彼女の二の腕がしっかりと、僕の背中を抱きしめていた。
 そして僕自身に絡み付いている彼女自身。ここで漸く、僕が自分が、近親相姦の罪を犯していることに気がついたが、結局、彼女を押し放すことは出来なかった。

「フフフ………尻尾ぐらい………あるさ………
 さて………兄くんを………もっと………
 気持ち良くしてあげよう……… 戻れなくなるほどに………」

「うっ!?」

 無理矢理に広げられる場所、ネットリとした触感に嫌悪感が走る。彼女自身と同じぐらい濡れそぼったそれは、僕の内臓を広げながら、ゆっくりと潜りこんで行く。

 気持ちの悪さは、次第に、尻尾なる物が挿入されるにつれて、妙な切なさがこみ上げてくる。ペニスを裏側から圧迫される異常な感覚なのに、どうしても止めて欲しくない、いや、止められると狂ってしまいそうなほど、行き着くところまで行って貰いたかった。

「さぁ、動くよ」

 彼女が囁いた。待ってくれ、入れただけでこんなになってしまうなら、動かれたら……と、言う暇なんて無かった。

「うわあああああああああああああっ!!」

 僕は首を打ち奮っていた。まるでAV嬢の様に、大声で叫んでしまった。
 千影の尻尾が奥へもぐりこむたびに、ずん、ずん、と重く響く。低音のビートがガンガンと頭に響く。

「うっ! あっ!! あああっ!?」

「ふふふ……… 兄くん………女の子みたいで………可愛いよ………」

 ぐっと、奥のほうまで入れられる。下腹部が一杯になる感覚で、満足感を覚える。
 ぐっと、引き出されると、脱力感にホッとしてしまう。その繰り返しが、ふいごで火を熾すように、僕の中の、今まで眠っていた感覚が、段々と大きくなり、熔けていくかのようだった。

「くぅぉぅぅう………」

 ペニスは彼女の膣に収まったままだ。だが、膣の快感よりも体中で感じる快感の方が上回っていった。全身がペニスになって、全身をしごかれているような、狂った感覚に焦がされていく。

「兄くんの……… その表情……… 私の嗜虐心を刺激する………」

 堪らず、呻き声を上げる。僕はどんな貌をしているのだろう。どんな顔で喘いでいるのだろう。どんな醜態を、僕の妹に見られているのだろう。

「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!」

 二度目の絶頂が訪れた。身体が弓なりになり、全身の体液が股間に集って破裂した感覚だった。次は、全身が破裂するのだろう。その時、僕は、千影の兄であるだけの理性を、残しておく事ができるだろうか。

「今ならまだ……… 引き返す事ができる……… どうする?」

 千影が動きを止めたので、僕は薄っすらと目を凝らした。彼女は、真剣な表情で、僕を覗き込むように見つめていた。そんな顔をしなくても、僕の答えは、決まっていた。

「千影と……… 一緒にいるよ………」

 僕がそう言ったとき、直腸内に温かな液が流れ込んできた。千影の尻尾とやらが放ったのだろう。勢い良く、身体にすぐに吸収されて、その流れは意識をぷかりと持ち上げると、どこか遠くへと引き離していく。

 そのとき、一人の少女の横顔が見えた。いや、11人?
 誰だっただろう、覚えていない。

「兄くんはもう………考える必要もなくなる………
 現世の記憶も………全て失われる………
 兄くんは快感に溺れるだけで良いんだ………」

 僕の体が縮んでいく。腕や足が、産まれる前の胎児のように小さくなっていく。

 頭も、いらない。

 僕の口は、千影の臍へもぐりこんで行った。柔らかな皮膚を突き通して、血管にいたる。千影の体液が、僕の中へ流れて始める。このとき、僕の心臓の役目は失った。肺も、食道も必要が無くなった。栄養も、老廃物も、すべて千影が処理してくれる。僕が排出するのは、精液だけだ。彼女が望むときに、反射的に射精を行う。それが僕の役目、僕の存在意義なのだから。

「兄くんと………私の神経が繋がるのが………判るかな………
 私が絶頂に達すれば……… 兄くんも絶頂に達し、射精する………
 その刺激で……… 私が絶頂に達し……… 兄くんが射精する………
 すると私は……… フフ……… キリが無いね………」

 千影が喋るのを、僕は耳ではなく、彼女の神経を通じて聞いていた。
 いや、言葉と言うものすら、僕はわからなくなりかけている。
 僕の、脳が、とろけかけている。

「共に……… 堕ちよう……… 永遠にね………」

 ぶっ、ヴッ、ドブっ。

 「絶頂」が僕を飲み込んでいく。
 射精感だけが、僕を僕として存在させている。
 射精する毎に、意識が、削られる。

 最後の意識が途切れる前に、

 ぶぶっ、ぶ………

彼女が呟く、

僕の前世の名前を、


 ぶしゅ、びゅしゅ、びゅしゅ。


聞いた、



 ………ぶしゅうぅっ、ぶゅうっ、ぶっぶっぶっ…



気が、




 ぶちゅっ、ぶぶぶっぶぶっ! ぶぶぶうぶつつっ! ぶっ!!
 ぶぅうーーーっ!! ぶぶぶっぶっ ぶーぶぶーーーーぶーーーーー!!












 ぶーーーーーーーーーーーーーっ!! ぶぶっ、ぶーーーーーーーーー!!
 ぶっ、ぶぶぶ………………






???